4文字33行
近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。
トップへ リンク
エントリー 月ごとのアーカイブ
最近のコメント 最近のトラックバック
カテゴリー一覧 タイトル一覧
プロフィール カレンダー
ブログ内検索
ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー
FC2ブログ
Created by AGJ.
 
どうも、昨日の分をアップし忘れていたSt.Ivesでした。


森美術館で7月13日まで開催中の「ターナー賞の歩み」展に行ってきました。向うにいる間、それこそタブロイド紙から高級紙まで取り上げる一大イベントなんだと初めて知りましたが、過去は殆ど省みられなかったり、中止に追い込まれたりしていたとは知りませんでした。日本で言えばこれだけ取り上げられる文化的・芸術的な賞と言えば「芥川賞」と「直木賞」程度なので、プレゼンと話題づくりの勝利でしょう。

たまたま、近くで学芸員による案内があり、何でも過去3回程、英国全体で物議をかもした作品があったそうです。

一つは悪趣味と批判され、動物愛護団体も抗議し、入場者がいつもの2倍に達したと言うデミアン・ハーストの「母と子、分断」。まあそうでしょうなあ。あらためて実物を見ると、かつて生命であったものをこういう形で展示するおぞましさと、ほぼ毎日食べていて、そのためになされている行為と同じであるという事実とどうにも折り合いがつかないという心地の悪さ、そして無機質で不気味さを感じさせる作品であります。

二つ目は、ホワイトリードの作品「ハウス」。これが何故?と私には思われるほどに当時は物議と非難・批判を浴びた作品。すでに現物はきれいさっぱり地元公共団体によって撤去されており、今では写真のみでしか見れないのですが、そのこと自体が作品の一部であるとも思わせてしまう作品。

そして三つ目がマドンナなプレゼンターを務めた2001年受賞作 クリードの「ライトが点いたり、消えたり」。デュシャンの「泉」かケージの「4分33秒」の衝撃を今一度という感じでしょうか。アイデア一発勝負!でもその勇気が大方の人には無いのですよ。文句言うならやってみろ、と。


個人的には1997年受賞のジリアン・ウェアリングの作品が好きです。1時間がんばって見たあとのラスト・シーンの素晴らしさは、どうにも退屈で致し方ない駄作・駄演のコンサートに付き合わされてしまった後の開放感に通ずるものがあります。因みに、昨日の午後はそのラストシーンが午後1時45分、2時45分頃に来ました。えっ2回もぼ〜っと見ていたのかって?さあ、どうでしょう。

ともかく面白いと思うか、悪趣味だとかこれは芸術ではないと思うかはあなた次第の興味深い展覧会なのでお薦めです。秋に開催予定の横浜ビエンナーレがターナー賞級の注目度を日本で浴びる日はいつのことやら。



来週は、文化村まで愛するロシア・アヴァンギャルドの作品展を見に行く予定のSt.Ivesでした。タトリンの「第3インターナショナル記念塔」の実物が来ているらしいですよ(ウソです)。

No.349 2008/06/29(Sun) 20:57
日々の生活 | トラックバック:0 | コメント:0

どうも、練馬と渋谷が直通になる日が来て感慨深いSt.Ivesです。大学生の頃にあれば楽できたのになあ。


本日は学習院大学に用事があったので平和台から各駅停車渋谷行きに乗り、ゴースト駅だった新線の要町、千川と過ぎてかつての新線池袋に到着。以前はまるでデ・キリコの絵のように人がいなかったのに混雑しており、一瞬降りそうになってしまってから、そういえば雑司が谷駅から大学に行けることに気づきまして、そのまま乗り続け到着。雑司ヶ谷駅は、白くてきれいにもかかわらず、その作りがふと東欧圏の深いところにある駅を思い出させるものでした。

学習院大学での用事が終了し、御茶ノ水から神保町に(ほぼ毎週のこのパターン)。新宿線で新宿三丁目に出て高島屋の方に向かう地下通路に出ると、そこは名古屋人もびっくりの人だかりでありました。雑司ヶ谷駅でも見かけたような、どうみても「テツ」じゃない人々が一生懸命記念撮影をあちこちでし、記念品を探し回っていまして、もしかして日本全体で「テツ」化が進行したのか?と思ったのでした。

帰りは、副都心線の新宿三丁目駅から飯能行きの急行に乗ったら、早いこと早いこと。わずか10分程度で小竹向原駅につきました。いあや、便利であります。


ブルターニュの蕎麦クレープの店で夕食をとっていたら、隣の日本人女とフランス人男の日仏英語のトリリンガルでのいちゃつく会話が煩くて落ち着かなかったSt.Ivesでした。一瞬、某漫画のフランス人指揮者とその日本人彼女を思わせる感じでありました(で、私は誰?と自問してがっくりきましたけど)。


No.344 2008/06/14(Sat) 20:52
日々の生活 | トラックバック:0 | コメント:0

どうも、ここんところ調べ物で忙しいSt.Ivesです。

そんな中、9日で終わってしまうというので六本木の国立新美術館までモディリアーニ展を見に行きました。モディリアーニの全体像がようやくつかめたのと、どうしてああいう絵になったのか、そして同じように見えて、実は全然違う、無個性の中の個性の表出と言いましょうか、そういったことも分かりました。それにしても実質活動期間は10年程度、画風を確立してからは5年程度でしょうか、あまりに短い人生であります。

出品作には、有名な作品のほかに、カタログ上のみで存在が確認され、60年近く行方不明であった作品も公開されています。

というわけで、あと2日しかありませんが、まだご覧になってい方にはお薦めです。


これからジャン・ジュネ原作のミカエル・レヴィナスのオペラ"Les Nègres"を聴こうかと思うSt.Ivesでした。


No.343 2008/06/07(Sat) 22:37
日々の生活 | トラックバック:0 | コメント:0

どうも、本日は雨の中神保町から新宿をさまよっていたSt.Ivesです。


空をつかむようなとしか言えない事情で、これまで読んだ本やDVD、美術館の図版等を幾つか読み返さなくてならず、困ったような楽しいような状況です。

大昔に読んだきりで我が家に最早無いというものも多くて、本日は購入したばかりのケストナーの「エーミールと探偵達」を30数年ぶりに読んでしまいました(昔の岩波のでっかい本では「エミール」だったはず)。いやあ、子供がみんなこんな感じだったら怖いよなあと思いつつ、大人としてはこんな子供がいたらいいよなあとか、エーミールの家庭環境はケストナーの子供の頃の反映だったんだなあとか、エーミールはノイシュタットに住んでいてそこからベルリンに向かったのかと、懐かしさと共に新たな発見を楽しんだのでした。

で、読み返さなくてはならないにもかかわらず、出版社、表題が分からない本が多々あり、例えば、四半世紀前に読んだ「スペイン内戦」に関する新書、岩波の青版だったはずなんですが家で見つからなず、またそれに類似した物も見つからず、中公新書と勘違いしていたのか?とか、中学3年生の時のレポートで使ったワイマール共和国の歴史を扱った本の一つで、第一次世界大戦中のドイツ帝国の皇帝と財務大臣か中央銀行総裁の会話が掲載されていた本はどれだったか(アイクの「ワイマール共和国史」だったような、明日にでも図書館で調べないと)。ショーの「メトセラへ帰れ」やシェークスピアの「ジョン王」も図書館から借りないといかんし、時間を食うのは困ったもんであります。



明日はABQのラスト・コンサートに行くSt.Ivesでした。私にとっては2005年2月、亡きカクシュカが参加していたコンサート以来の2度目、そして本当のラストコンサートとなります。
No.341 2008/05/31(Sat) 22:03
日々の生活 | トラックバック:0 | コメント:0

どうも、ムストネンのギター・ソナタを聴きながらのSt.Ivesです。同じモチーフが繰り返され、侘しさ漂う出だしです。


早川書房からこの5月に出た「人類が消えた世界」、原書は昨年出版されたそうですが、四半世紀も昔に読んだ(眺めた?)"After Man"よりも興味深い、いや暗鬱たる気分にさせられました(記述は明晰で、エピソードも豊富、科学的な知識が無くても読めます)。

人類が消えた世界


突然日常生活を送っていた人類が消えたら世界はどうなるか?という疑問に答えるべく、人類後の世界を描くには「今」がどうなっているかを描かなくてはならないと、これでもかと現在の地球環境が描かれています。筆者は決して声高に語らず、事実を集めて来て提示するだけなのですが、それは人類はその歴史の真昼に立っていると思っているが、実は黄昏時に佇んでいると感じさせる内容と迫力あるものでした。さらに、黄昏から闇夜に我々が入り、そして消え果てもも、プラスチック(あるいはゴムタイヤなど石油由来の物質)、PCBやDDTそして核廃棄物が、気が遠くなるほど遠い将来まで、人類滅亡後まで環境に影響を及ぼしていくという事実に、私は眩暈を覚えました。果たして他の生命体に夜明けが来るのか?筆者は自然の再生力あるいは適応能力に期待していますが、その時に存在する生物は我々の慣れ親しんだものからは大きく異なったものになっているでしょう。あるいは、人類は、将来もしかすれば、生態系自体をそういう環境にあわせて改良して自然環境の「浄化」を行わせるかもしれませんが、それにしても現在の動植物を道連れにしていることには変わりありません。


同書では音楽についても少しだけ触れています。「時を超える芸術」の章、将来における人類の痕跡についての検討を行う章の一つにおいて、ボイジャーに積み込まれた金メッキされた銅板レコードに、バイエルン州立歌劇場管弦楽団の演奏でエッダ・モーザーの歌う「魔笛」の「夜の女王のアリア」が収録されたいきさつに触れています。その中で、キルケゴールの次の言葉が引用されています。

「モーツァルトは、あの小さな不滅の音楽隊に仲間入りする。その音楽隊の名前、その作品が、時間と共に忘れ去られることはない。それらは永遠に記憶に残るのだから」 (同書P.369)


しかし、聴く人がいなくなったら?



アメリカの核の墓場に、遠い将来、何万年も後ですら誰か(人類以外の知的生命体を含む)がそこに危険な何かが貯蔵されていることを分かるようにと努力している姿に、世界がひっくり返って立っているような気がしたSt.Ivesでした。何かおかしくないですか?
No.340 2008/05/29(Thu) 00:13
日々の生活 | トラックバック:0 | コメント:0

前のページ  -  トップ  -  次のページ

カテゴリー一覧