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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2005.07.31 Sun » 三つ目の指輪物語?

S席17000円=130ユーロ


当日券売り場の残席チケットのお値段を見て、これからマイアー&ヘップナーの歌う「トリスタンとイゾルデ」@パリ・オペラ座をS席で聞けるのかなと思った新国のツェムリンスキー「フィレンツェの悲劇」by二期会。この瞬間、はっきりと「ここは日本だ」(by森鴎外「普請中」)と悟ったのでした。エリスと違って、喜んでベルリンでもロンドンでも帰るのですけどねえ(テロは怖いけど)。

さらに、「フィレンツェの悲劇」だけでは短いので、後半はプッチーニの「ジャンニ・スキッキ」。私にはチケット購入をためらわすのに十分な演目でありました。モネ劇場で見たときのようにシュレーカーの「王女の誕生日」とかだったら即買いだったんだけどなあ(知り合い曰く「それでは客が入らない」、ごもっとも)。

と言うわけで、知り合いが後で面白かったかどうか教えてくれるというので、明日行くかどうかはそれ次第にして、お隣の中劇場へ。そう、夏休み親子向けオペラを見に行ったのでした。


「ジークフリートの冒険  指輪を取り戻せ!」


上演時間1時間、2100円、日本語上演だとはいえ、子供とその親で満席。もう始まる前の騒々しさは、学級崩壊とはこんなものかなと思ったのでしたが、いざ始まったら意外や意外に静か。笑いのツボではちゃんと笑うし、興味津々で皆舞台を見ておりました。

「ジークフリート」と銘打たれていますけど、筋金入りのヴァグネリアン(あとは多分ヴォルフガング・ヴァーグナー)が見たら怒り出すほどに内容は改編というか、およそ別物。指輪の登場人物、音楽、ある程度の筋を使った別物でありました。

中劇場内に入ると、舞台上に剣が置かれていました。そして天井からは「さわるな!」と書かれた大きな紙が垂れ下がっており、ライン川も世界樹も見当たらず。その脇に、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン各1、ティンパニー&パーカッションにエレクトーンという極めて小編成のオーケストラ。時々弦楽器だけになるとヒンデミットの迷作弦楽四重奏曲もかくやという音響でありました。


最初にトランペットを持ったロボットが登場。会場はアシモ君だと騒ぐ子供多数でしたけど、それはホンダで、こちらはトヨタのロボットであります。このロボットは子供たちに向って色々語るのですけど、それ以上に私が注目したのはトランペット。「ヴァルキューレが登場するときはいつもこんな音楽が鳴ります」と言って、トランペットでヴァルキューレのライトモチーフを一くさり。うーむ、日本のオケで失業者がでるかも。
なお、アシモ君(仮称)のライトモチーフの説明はこれ一つだけでした。デリック・クック並にトランペット一本でライトモチーフの説明を続けて欲しかったのですがねえ。


ロボットが退場していよいよ開始。

カタツムリのような感じの衣装を着た人物が登場。アルベリヒかと思ったらファフナーでした。垂れ下がった紙を見て開口一番「なるわさ」、一瞬意味が取れませんでした。続いて剣を掴もうとするとあらかじめアシモ君(仮称)に言われたとおり会場中から子供たちが「大変だー」の大合唱。すると、「わしが触らねばオペラが始まらないのだ」とメタ的なご発言。そして警報音とともに「ヴァルキューレの騎行」の音楽、そしてブリュンヒルデ他3名のヴァルキューレが登場し、剣を奪われまいと戦います。ただヴァルキューレ達の歌詞を聴くと、どうやらこの剣は彼女たちの父であるヴォータンの大切なものなのらしいのでありました(えっ?)。残り5名は多分予算の関係で登場させないまま、ブリュンヒルデ達は剣を守りきったものの、ヴォータンの槍も無いのに剣、後にノートゥングと判明(ただしライトモチーフは使われず)したその剣は簡単に折れたのでした。

「ヴァルキューレ」第3幕ヴォータン登場の音楽(雷の音響付き)と共にヴォータン登場。「ヴァルキューレ」第3幕同様に長いお説教があり(ただし中身は全然別で、「これは無敵の英雄しか使えない剣で、彼以外のものが使うと簡単に折れる」云々)、罰としてブリュンヒルデは永遠の眠りにつかされてしまいます。特段どうすれば起きるとか、英雄しか炎を越えられないとかは言いませんでした。
このシーンでは、ヴァルキューレ第3幕最後のシーンと魔の炎の音楽が使われていまして、火の神ローゲを呼ぶと、真っ赤な衣装のバレエ・ダンサーが踊りながら登場。ウォーナ演出@新国よりもチープな炎(炎の形の銀紙を下から風を送って立たせ、それに赤い照明を当てる)が燃え上がるのでした。なお、魔の炎の音楽の演奏は、これまたポール・パレーも真っ青なチープさでありました。幾らなんでも編成が小さすぎないかと思うのですけど。

続いて眠っているブリュンヒルデの周りを小鳥が携帯電話で写します。最初は誰が登場したのかと思ったのですが、後で判明。

場面変って、舞台奥を意味も無く走るジークフリート。車にぶつかって壊してしまうのですが、そこで一言「トヨタの車だったらこんなことにならないのになあ」。特別協賛にはトヨタが入っています。ヴィーン国立でもここまで露骨なことはしていないのですけどねえ。

森の囁きの音楽が流れ、小鳥は、ブリュンヒルデが可哀想だ、そうだジークフリートならば起こせるかもしれないと彼を連れてくるのですが、小鳥はピーピーとさえずり、それにパントマイムを加えるのでジークフリートには理解されず。このシーンは結構面白かったです(場内でも受けておりました)。ようやく角笛によるライトモチーフが吹かれ、ジークフリートが「小鳥の言うことが分かり始めた」と歌います。

ああ、これでブリュンヒルデのところに行って目覚めさせるのだなあ、ところで指輪は?と思っていたら、小鳥が驚くことを言うのでした。曰く、女の子にはプレゼントをあげないといけない、それにはラインの乙女達の持つ黄金の「指輪」が良いと。あんたはローゲかミーメかいと思うまもなく、単純バカであることは原作同様に変わりないジークフリートは、指輪を奪いにラインの乙女たちの所に小鳥と向います。世界の破滅が小鳥によってなされるとは、ゲッツ・フリードリヒも思いつかない読み替えであります。

二人は船で向うのですが音楽は「ジークフリートのラインへの旅」@黄昏。もっとも私は「ラインの黄金」でヴォータンとローゲがニーベルハイムに向う音楽の方が相応しいと思いましたけどねえ。


場面変ってギービヒ家ではなくライン河。ラインの乙女達が陽に輝くラインの黄金を讃えています。ここの音楽は「ラインの黄金」の同じシーンから取っています。そして「ラインゴ~ルト、ラインゴ~ルト」の部分だけドイツ語を使用していて非常にしっくり。そこにアルベリヒではなくファフナーが登場。指輪をはじめあらかた奪った挙句に森に消えて行きます。
僅かに遅れて小鳥のローゲ(仮称)とジークフリート登場。点でバラバラに歌って何が何だか分からないラインの乙女たちを順番に指図して、ミーメからアルベリヒの秘密を聞くローゲのような小鳥。話を聞いて、戦えないと嘆くジークフリートに対して小鳥は、無敵なんだから素手で戦えばと、原作でも触れられていないタブーの一言を喋ってジークフリートに首を絞めらたりしているところに、(剣を折った程度のことで)娘を永遠の眠りに陥らせてしまったと後悔の念一杯の歌(ヴァルキューレ第2幕後半のヴォータンの悲嘆の旋律?)と共にさすらい人のようなヴォータン登場。もっとも両目ともあいていまして、目薬でも差しているのかな(それはENOの演出)。

小鳥が両者に、こちらブリュンヒルデのお父さんのヴォータンさん、こちらは無敵で恐れを知らない英雄のジークフリートさんと紹介。確かに、こちらの方が素直だよなあ、あんな不思議な程に回りくどい出会い方して、挙句の果てにヴォータンは槍まで折られるよりはと思いつつ、ヴォータンを王様と紹介しているのには、「違うよ、神々の長だよ」と小鳥に突っ込みを入れたかった。大体永遠の眠りにつけるような薬を持っている王様がいるかね、そんな長生きできそうな薬を持っているのはカール4世くらいだよ(有効期間300年強)。

剣が無いと言うジークフリートに折れたノートゥングを示すヴォータン。それを見て簡単に直せるとジークフリートがセリフを言うと、「ヴァルキューレ」第1幕への前奏曲の嵐の音楽とともに怪しげな鍜治場と金梃が登場。そして「ジークフリート」の剣を鍛える場面の音楽に切り替わります。完成したノートゥングは、漸鉄剣の如く剣より大きい家でも金梃でも何でもスパッと切ってしまうのでした。

小鳥とヴォータンを引き連れて森に向うジークフリート。ヴォータンがお手並み拝見と歌うと、戦いの音楽に。長崎くんちの龍のようなファフナーが登場し、尻尾の方から順番に切り離されていくのでした。

そして「ラインの黄金」でアルベリヒからヴォータンが強引に奪い取ったように指輪をファフナーの指から強引に奪うとジークフリートは意気揚々とブリュンヒルデの眠る山に行くも、起こし方が分からない。小鳥がこうするんだよと、ヴォータン相手にキスをするので、ようやくジークフリートは合点がいって、ブリュンヒルデは目覚め、お互いに愛の歌を歌います(ここは「ジークフリート」のそれ)。

そして何とヴォータンが祝福をしにやってくる!斬新であります、見たことありません、「ジークフリート」のラスト・シーンにヴォータンが登場する演出なんて!!(実際にそんな演出があったら、ヴォータンは邪魔だと思うけどね)。

そこへ、ヴァルハラに入ろうとする神々への恨み節の如きラインの乙女たちの嘆きの歌が流れてくるではないですか、「君は私に隠し事をしている、この指輪は君の物ではないのだね」とジークフリートを詰るヴォータン、あんたが言える立場か!と思いつつ、ヴォータンそっくりにこれはもともとラインの乙女のものだが、ファフナーが奪ったのでそれを奪ったのだと弁明するジークフリート。どう考えても善意の第三者ではない。小鳥のローゲ(仮称)に騙されてにっちもさっちも行かなくなったジークフリート、さあどうなる?と思っていたらブリュンヒルデが、「指輪はいらない」と言って、プログラムにも書かれているテーマソング「愛こそすべて」を歌うのでした。

歌詞は転載できませんけど、要は愛こそが一番大切なもので、その他(権力や金か?)はいらないというものであります。使われている旋律は自己犠牲から取られている感じですけど、小太鼓入りでアレンジがムーディーというか「1984年」(byマゼール)の例の部分に近い感じで、聞く方がこっぱずかしい感じでありました、とても明るい曲です(NHKの「みんなの歌」でも採用可)。

最後のシーンは、舞台は燃えませんし、洪水もありません。人類の時代の始まりでも、労働者たちが立ち上がるわけでありません。登場人物全員が現れて記念撮影を、映写機ではなく普通のカメラでして終わり。暗転後、もう一度メインテーマを歌いながら、歌手たちは舞台を回って子供たちと握手。そして小鳥のローゲ(仮称)が「もう一度会いましょう」と言って去っていったのでした。そうか近い将来に「指輪」をもう一度するんだなと思いつつ、これを見て来た親子は、チケットの価格の高さに仰天し、上演時間の長さに仰天し、何より話が全然違うことに仰天するだろうなあ。


終演後の歌手への拍手は、小鳥役の直野容子が一番大きかったです。出ずっぱりで、はっきり聞こえるセリフと歌(勿論日本語で歌うので間延びした感じになってしまうのはいた仕方ない)、面白い演技ということもあり、明らかなのでした。ただし、前の列に座っていたおじさんはブリュンヒルデ役の高橋知子にブラヴィーを連発していました、きっとファンなのでしょう。

日本語でのオペラは難しいねえ、ENOと同じでソプラノ系は何を歌っているのか分からないことが多いし、旋律は日本語の高低アクセントと合わないしねえ。


なお、8月1日まで毎日午前11時30分、午後3時からAとBのWキャストという懐かしい編成で上演されています。あっ、再来シーズンから若杉がWキャストを復活させるんだった、やめてくれーという感じ。


しかし、まだ書いていない向うでの感想がいっぱいあるのに思わず力を入れて書いてしまった。



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AUTHOR : St.Ives

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