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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2005.09.26 Mon » アンスネス@サントリー・ホール

世の中には、ピアノを無視してピアノ五重奏曲(あるいは四重奏曲)ができると思う演奏家もいるようだ。

それは、24日土曜日、サントリー・ホールでのこと。

フェスティヴァル・ソロイスツwithレイフ・オヴェ・アンスネスのコンサートに出かけた。4月にウィグモア・ホールでヴァイオリンのテツラフとの共演で素晴らしいショスタコーヴィチとグリーグの3番ソナタを聞かせてくれたこともあり、非常に楽しみにして出かけたが、あれ?という出来であった。といってもピアノのせいではなく、その前に陣取る弦楽奏者たちの演奏にである。

まず、モーツァルトもドホナーニもシューマンも演奏様式上の差異がない、これは驚きである。時代も楽器も違うのであれば、それなりに異なる音、タッチ、感情表現があろうが、無いのである。

百歩譲ってそれを認めよう、しかし、ヴァイオリンは一人酔いしれて(さらに音まで結構はずして)弾いており、チェロは、アクションだけならばアルバン・ベルクSQが全員かかっても敵わないが、音量もなく、響きにも乏しく、かなり間違いが目立つ。「低音部が聞こえたと思ったらヴィオラだった事件」は何回となく起きていた。

特にシューマンでのヴァオリンの酔い痴れ方は唖然としてしまった。他の弦楽器奏者と一応合わせている瞬間もあるが、あとは一人旅状態でヒート・アップしていく。第2楽章はアンサンブルが崩壊するかもと思うほどテンポ・アップまでして、ヒヤヒヤした。

してピアノは?というと、ピアノを無視して演奏し続ける人々相手にタイミングを合わせて淡々と背景画のように引っ込んでいたのが実情である。第4楽章コーダ近くでようやくちょこっとピアノもあったのねという感じで表に出てきたが、時すでに遅し。

まあ、端から見れば熱演で大いに盛り上がる演奏だったろうが、シューマンのファンタジーや複雑な陰影はどこに?という単純な内容の演奏であった。
多分、解釈のすり合わせなんぞ殆どないまま、アンスネスと彼らは演奏をしていたのであろう、とウィグモア・ホールでのアルテミスSQとのアンスネスの共演によるシューマンの五重奏の録音(BBC3)を聴きながら思うのであった。

アルテミスSQは11月に来るんだけどねえ。

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2005.09.20 Tue » DATの整理

暑い一日でした。今はマゼールのオペラ「1984年」を聞きながら笑っています。インナー・イヤー・タイプのヘッド・フォンのせいか、実演で聴くより低音が弱く、序曲?もあまりハデハデに聞こえません。CDに焼いてからスピーカーを通して聞いて見ましょう。

と言うわけで、現在タイミングを計っています、ちょうどHate Timeが終わったところで、もう少しでこのオペラの白眉オセアニア国歌が流れるところです。あっ、ブチっとかノイズが入っている!

昼に、買ったら壊れていた中古DATデッキを店に返却しに行き、あらためて別物を購入。夜に入ってからDATの整理。きちんとテープに記録を書いていないので、冒頭のラジオ放送で演目と演奏者を確認しています。それにしても、フランクフルト州立歌劇場の「夜間飛行」の終わり数分が欠けているのは腹立たしいなあ。ダラピッコラのオペラでは、これだけが正規録音がないんだよなあ。

おお始まった、歌詞カードを探さねば!9分30秒から10分56秒と、ちと短い国歌であります。

今日は第1幕までにしておこう。

夜がかなり更けてから母が広島より戻る。祖母は金銭感覚が無くなっている以外は特段頭もボケておらず、体にも異常もないとのこと。金銭感覚がないのは隔世遺伝であったか!

2005.09.18 Sun » 三連休中日

朝から買い物。
いい加減DATに入れた録音をCD-R化しようと思い、中古のDATデッキをお茶の水オーディオ・ユニオンで購入。ところが、夜になっていざ聞こうと思ったら、どのテープも再生できなかった。明日早速クレームを入れないと。

レコード芸術を購入。ルネサンス・バロック特集であった。「のだめ」の新刊および覆面オケによるブラームスの1番の宣伝には驚かされた。しかし、さすがにブラームスのCDは買わないなあ。

隣家から釣果のお裾分けをいたただく。隣家の旦那は毎週魚釣りに出かけており、そのたびに色々ともらっているが、今日は小型のマグロ1尾であった(トロール釣り?)。体長50センチほどで初めて見た。もっとも、母は祖母の様子を見に広島へ行ってしまったので、ロンドンでも魚を下ろしたことがない身としては途方に暮れた。尻尾は落とすのだろうか?ノコギリが必要だろうか?結局、明日母が帰ってきたところで相談することにし、マグロをビニール袋に入れて冷蔵庫へ放り込んだ。

夕方に庭の草木に水撒き。蚊に注意しつつ、かつ、10匹は撃退したはずなのに、左右の足に20箇所近く刺されていた。盛夏の頃と違い、蚊も小粒で、夕闇の中見つけづらいこともあったろうが、ここまで刺されるとは。

今日のCDはバルトークのピアノ協奏曲第1番の聴き比べ。

ブーレーズ指揮 ツィメルマン
ブーレーズ指揮 バレンボイム
フリッチャイ指揮 アンダ
アバド指揮 ポリーニ
フィッシャー指揮 シフ
サロネン指揮 ブロフマン

意外に持っていなかった。ギーレンかマデルナ指揮でピアノをブレンデルというCDを持っていたような気がしたものの見つからなかった。シェーンベルクと勘違いかな?

全盛期のポリーニの打鍵の重さと鋭さにはあらためて感動。ブーレーズはもう少しソロと掛け合いをしようという気配が欲しいところである(実演もその気配が希薄)。バレンボイムは実演よりはましか。シフの演奏は、実演では聞こえないのでは?フィッシャーの振るオケがやたらうるさい。

ミュンヘンのヘフリッヒからお詫びメールが届く。ブリュッセルでまた新しい楽譜屋を開くらしい。手を広げすぎて倒れなければ良いが。ともかく、楽譜は送ったとのこと。これは嬉しいニュースである。

2005.09.18 Sun » アルミンク指揮、新日po.(9月17日)

ギターで繰り返される旋律が印象的なクルタークの「シュテファンの墓」は、初ライブ。変った編成と配置で、どこか叙情的な趣きも感じさせる演奏でした。音響バランスのとり方がアルミンクはとても良いです。

続くマーラーの「復活」、汗をかかない熱演。
合唱のバス声部がこんなにくっきり聞こえる演奏は無かったなあと思うほど各声部の分離がくっきりとしておりまして、MTT指揮サンフランシスコso.の演奏に驚嘆した人ならば、今日の演奏は非常に受け入れやすいのではないでしょうか。もっとも、MTTよりもリズム的な喜悦感やテンポの自然な揺らぎは感じられました(第2楽章は腰を振って楽しそう)。

一方でオケの精度は、録音のSFSO.よりは落ちますが、期待以上に高かったので少々驚きました(もっとも、「こんなところで、何故?」と思うようなところでトランペットが失敗したりしていましたけど)。そう言えば打楽器系、特にティンパニの打ち込みが決まっておりました、と同時にティンパニがこれほど活躍していた曲だったとはと感心。願わくば、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの音の厚みがさらに増せば、ヨリ各声部の絡み合いと迫力が増し、さらに良い演奏になったでしょう。

とはいえ、満足度は、超スローなレヴァイン指揮ミュンヘンpo.の実演や不完全燃焼だったシノーポリ指揮フィルハーモニア管より高く、新日po.も良い指揮者ととったなあと思いつつ帰宅。

なお、今年初めて新日po.の定期会員(トリフォニーシリーズ二日目)になりました。サントリー・シリーズを含めて非常に興味深い作品が並んでおり、特に来年1月、2月、3月(HPには書かれていませんが、シューマンの前にB.A.ツィンマーマンの「1楽章の交響曲」が演奏されます)は非常に楽しみです。

帰宅途中でヨドバシ・カメラ秋葉原店に寄るも、大変な人込みに疲れてしまいました。家電・AVがブランド別なのは非常に分かりにくいし、比較しにくいほか、CDショップにはクラシックが殆ど無く、新宿店で十分というのが結論でした。

2005.09.16 Fri » 「リゲティ、ベリオ、ブーレーズ」by沼野雄司

労作である。しかしそれだけである。

まず、副題「前衛の終焉と現代音楽の行方」は誇大広告であろう。せいぜい「3作曲家の作風転換についての主観に基づく報告」でしかない。

「前衛の終焉」についても、「現代音楽の行方」についても本論では殆ど語っていない。まさにそこが語られねばならない瞬間、補諭に飛んでしまい、それまでの分析で排除し、それこそが売りだった社会学的分析を導入してしまう。その趣旨は、「資本主義の論理の貫徹と教養主義の崩壊によって、現代音楽がそれまでの新しさの追求が経済的に困難になった(現代音楽を支える知的資本を持つ人々─ある程度金も持っている人々─が離反した)。それゆえ、現代音楽の作曲家は、意識的にせよ無意識にせよ、大衆に擦り寄るべく前衛的な作風を和らげてゆき、いずれこのジャンルはポピュラー音楽に溶け込んで消える」というものである。

良くありがちな論である。しかし、価値が新しさ(差異)に依存している以上、音や音に基づいて構成された何かに常に新しさを求めることが可能なシステムである現代音楽は無くなりようがない。

さらに資本主義においては、「数」が必要であり、多くのパトロン(知的資本の所有者)を失ったので現代音楽は死に絶える(あるいは消える)と「数」に拘るならば、一体全体、18世紀の前衛、19世紀の前衛、20世紀の前衛がどの程度の聴衆を集め、あるいは寄付金なりパトロンによって支えられていたのかという、極めて実証的な分析が必要である。そうでなければ、この主張は、現代音楽が聞かれるかに「数は関係ない」という意見と同じくらい、単なる思い込みでしかない。


豊富な譜例を見せているので、この著者は「数」や「統計的事実」に依拠して論や証明を行なっているようだが、実は適切なデータの取捨選択およびその処理を行なわずに議論を行なっており、かなり危うい、あるいは杜撰に見える。

中身の論やその証明は多くの譜例を基にして行なわれているが、その結論は、譜面ズラを眺めて、「豊富」とか「認められない」の一言で済ませてしまうという、極めて主観的判断に基づいて導かれている。譜面を見れば誰でも分かる話であり、少なくとも同じ音楽の友社で出されていた「20世紀の作曲」や全音の「現代音楽の記譜」には同じ程度のことは書かれている。

そこで、私はてっきり、「ストラヴィンスキーは生きている」並の詳細な分析を各楽譜に施して、一見しただけでは分からない新たな構造なり背景が各3者の楽譜を通じて見出されたとか、文学研究における統計の導入(分かり易い紹介本としては中公新書の「シェークスピアは誰ですか?」を参照)と同様の試みで、譜面や「音響」、あるいは「調性的」という主観的で人によって異なる判断を下ろすところに、統計(量)というある程度厳密な判断基準を導入したのかと期待していたので、非常にがっかりな内容である。驚きや発見の無い書物は、岩井克人的に言えば「無価値」である。

内容の「無価値」さに加えて、先にも述べたとおりデータの取捨選択に問題がある。著者は理由を挙げて、リゲティ、ベリオ、ブーレーズを取り上げている。しかし、その理由では、シュトックハウゼン、ノーノ、ヘンツェ、クセナキス、ペンデレツキ、ケージ、ルトスワフスキーetc.を取り上げないのは、全く理解できない。私から見ると、著者の主張なり結論がまずあって(それは既に言い古されていたものだが)、それに合致したデータを先験的に選び取った結果だとみえる。だからといって演繹的にも帰納法的にも証明の体もなしていない。

また、ブーレーズについては、ワーク・イン・プログレスの作品について、楽譜を追いかける作業が膨大であるという理由を挙げて行なっていない。過去の作品の度重なる改訂こそ、時代の変遷に伴う思考の変化の反映、あるいは著者が補論で開陳した「聞いてもらえてなんぼでしょ」ということを明らかにすると思われるが、その点については全く触れていない点は腑に落ちない。


因みに、補論を除いた部分は博士号論文だそうだ。こんな杜撰な研究で博士号論文がもらえるとは、音楽学の世界は現代音楽の先行き以上に問題が多いのではないか?


という訳で、「のだめカンタービレ第13巻」を再読してから寝る。こちらの方が遥かに遥かに上質な音楽書である。

2005.09.13 Tue » アムラン@紀尾井

日曜日に「選挙権が無いんだもんね、へん!」と午後7時から銀座で映画「チャーリーとチョコレート工場」を見て大笑いしてからTVを見たら、もっと大笑いしてしまったSt.Ivesです。

小選挙区(比例代表)制とは何かを知らしめた選挙と総括できますかね。この制度は、英国のような大統領的首相を誕生させられるし、魅力的な政権公約さえあれば政権交替が可能なシステムであることを、民主党も真に理解したでしょう。それにしても「マニフェスト選挙」ともてはやしながら、小泉政権の公約達成度合いを選挙前にきちんと検証しないマスメディアって何?


さて、その翌日12日、紀尾井ホールでのアムランのリサイタル

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番

アイヴス:ピアノ・ソナタ第2番

アンコール3曲

前半のベートーヴェンについては聞かなかったことにしておきましょう。指は回らない、恣意的な表情付け、フーガは間違えるしetc.と酷い演奏でありました。しかし、これは後半のための公開「指慣らし」タイムのようでありました(おい!)。

アイヴスの「コンコード」は、集中度も音の充実度、キレもびっくりするほど前半から変りました。時々指が滑ったところもありましたけど、大きなミスは殆ど無く、幾つかのブロックを中心とした構成感、幾つものテーマやモティーフそして様々な引用を巧みに聞かせ、複雑というかハチャメチャなリズムの組み合わせで同時進行する諸旋律をものともせずに弾き分け、不協和音に満ち満ちた音響にもかかわらず「まさにそこにはその音でなくてはならないのだ!」と感じずにはいられない実に堂々とした演奏でありました。

開始前は、ベートーヴェンの出来の酷さもあり、期待していなかったのですけど、開始直後から、ただただ凄いと口をあんぐりと開けて聴いていたのでした。「行って良かった、もうナマでこれほどの『コンコード』の演奏に巡り会うことは一生無いだろうなあ」と幸福感に満ちながら帰宅。


2005.09.05 Mon » 3度目の正直 order 2度あることは3度あるか?

ドイツからのネットを通じた買い物には非常に時間を要する点は、3年前とあまり変らないような気がする。

昨晩、「とりあえず手許にあるだけの楽譜と請求書を送ってくれ」とマインツにある楽譜屋にメールしたら、「あなたの注文は受け付けていません」と回答してきた。

これで2度目である。最初に注文してから早1年近く経つ。まだロンドンに居た時分に受け取った受注メールを添付したにもかかわらず、この対応には唖然としてしまった。日本人の注文がそう多いとは言えないだろうし、私はここで何度と無く買っているので、顧客管理をしていれば直ちに分かりそうなものだが...。

とはいえ、ここ以外でネット上で買えない楽譜(クレンペラーの交響曲第1番とか、ダラピッコラのオペラとか)もあるので、仕方ないので3度目の注文を出す。
願わくば請求時点において、対円でユーロ大暴落でも生じていないかなあ。

2005.09.04 Sun » 本日のプログラム

今年の初サンマ(塩焼き)は大変おいしゅうございました。脂がのり、身が柔らかく、ほどよく塩味も効き、大根おろしの若干の辛みが美味しさを倍加させていました。欲を言えば、もう1本食べたかった。


さて、本日は昨日に引き続きCD三昧でした。ユーロ高でCDの値段が90年代初頭まで戻ってしまったので、購入には慎重というより二の足を踏んでおり、新スピーカーであの演奏は、あの曲はどう聞こえるのか?という興味も加わって、家にあるCDを順次聴いています。といういことで本日のプログラム。題して「アイヴス・フェスティヴァル」


・交響曲第1番 MTT指揮シカゴSO.
・交響曲第2番 バーンスタイン指揮NYPO.(1951年初演時のもの)

休憩

・ヴァイオリン・ソナタ第4番"Children's Day at the Camp Meeting"
・"Decoration Day" for Violin and Piano (カークパトリック編)
    Jasper Wood(Vn)、David Riley(pf)
・交響曲第3番"The Camp Meeting"
・管弦楽セットNo.1
    オルフェウス室内管弦楽団
・交響曲「ニューイングランドの休日」
   Washington's Birthday
   Decoration Day
   The Fourth of July
   Thanksgiving and Forefather's Day
    M.ギーレン指揮シュトゥットガルト放送o.

休憩

・ピアノ・ソナタ第2番"マサチューセッツ州コンコード 1840-60"
  マルク・アンドレ・アムラン(pf)
・ピアノと管弦楽のための"エマソン協奏曲"
   A.Feinberg(pf)、J.シンクレア指揮アイルランド国立o.

休憩

・交響曲第4番 ストコフスキー指揮アメリカo.


・They are There
アイヴス自身の弾き語り(Take3)

「ニューイングランドの三つの場所」や弦楽四重奏曲第2番をはじめとする幾つかの主要曲や100曲を越える歌曲の殆どが抜けてしまいましたけど、まあフェスティヴァルならば、最低限これくらいは聞きたいというところで選びました。

交響曲第1番はMTTのこの演奏が一番聴けるでしょう、他の演奏はあまりにブラームスっぽくて重いです。

交響曲第2番。1951年の記念すべき初演時の記録。意外と良い録音に驚きました。第1楽章の弦楽合奏の部分の各セクションの対比がくっきり分離して聞こえますし、第5楽章のコーダも、木管が弱いものの、弦・金管・木管パート別に違う音楽が並行して演奏される様がきちんと聴けます。あらためて聴くと、初演時の楽譜がさらに欲しくなりました、「事故」なのか楽譜に記されているのか良く分からない部分が多々ありますからねえ。

ヴァイオリン・ソナタとDecoration Dayは新譜。ヴァイオリンの音が汚いのとピアノがぼわーんと丸い音に加えて、スピーカー間にいったいどんな巨大なピアノやらという感じで響くので馴染めませんでした。なお、Decoration Dayは、カークパトリックが再編曲した「ニューイングランドの祭日」交響曲のヴァイオリン・ソナタ版(通称「第5番」)の1つの楽章です。

交響曲第3番 アイヴスの交響曲の中では短い愛らしい曲です。オルフェウスの演奏は久し振りに聴きましたが、ゆったりと柔らかい副題に相応しい演奏でありました。

「ニューイングランドの祭日」、ギーレン盤には失望。まずオケの音がいかにも放送オケというノコギリ音であることが非常に不満。さらにあらためて聴いたら、ビヨンビヨンとなるJew's harpが無く(一応楽譜上は認められている)音響的にも今一。ノリも悪いし、これなら久し振りにジンマンか東独オケのCDにでもして置けばよかったです。

ピアノ・ソナタ第2番 12日に紀尾井ホールで聞くのでその予習も兼ねて聴きました。リュビーモフやエマールの演奏も良かったのですが、この演奏は偉大、素晴らし過ぎるとしか言いようがありません。実演もこんな感じなのか期待と不安で一杯であります。

エマソン協奏曲 出だしは仰天しますけど、後はうーむ作品的に今一かなあ、竜頭蛇尾という感じ。ピアノ協奏曲を諦めてピアノ・ソナタ第2番(第1楽章)他になった訳ですからねえ。また、ピアノがアムランの後だったのも今一感に拍車をかけたのかも。

交響曲第4番 初演者による、緩いテンポが妙に心地よい演奏です。第2楽章なんかは、ひなびた移動遊園地のある広場にやる気のないブラバンがあちこちからやってきた感じで、ほのぼの感すら漂わせます。

最後は、フェスティヴァルなので、作曲家が呼ばれてステージに登場(のつもり)。お辞儀もそこそこに、交響曲第4番で使われていたピアノでお気に入りを弾き語り。聴いていて「じいさん危ない!」とヒヤヒヤさせてくれます。


来週の土日はリゲティ・フェスティヴァルとブーレーズ・フェスティヴァルの予定。リゲティ・フェスティヴァルでは、「オペラ『グラン・マカブル』の改訂前・改訂後を一挙上演!!」はさすがにするつもりありません。また、ブーレーズは自作以外の指揮もありで、ベートーヴェンのカンタータ「静かな海と楽しい航海」がメインになる予定(ウソ)。

2005.09.03 Sat » 家でCDを聴く時のプログラミング

「スピーカー一つでこれほど印象が変るものかねえ」と週末は新しいスピーカーでCDを聞くのに熱中しているSt.Ivesです。

大学時代にとあるクラシック音楽系サークルで「例会」と称して1時間ほど自分の選んだCDを聞かせていた時の名残か、新規購入CDでも無い限り、プログラムを組んで聴いています。結構楽しい作業です。

例えば今日は次の順番で聞く予定でした。

シェーンベルク:弦楽四重奏曲第1番 クスSQ
マーラー:交響曲第10番(クック版)ラトル指揮BPO
マーラー:嘆きの歌(初稿) ナガノ指揮ハレ管他
ロット:交響曲ホ長調 ヴァン・スティーン指揮オランダ放送o.
マーラー:交響曲第2番 MTT指揮SFSO.
ベリオ:シンフォニア エトヴェシュ指揮イェーテボリ管

レヴァイン時代のミュンヘンpo.を越える長さのプログラムですけど、結局、昼に一時外出してしまったことや、ロットが始まる頃にはかなり疲れてしまい、その上大音量でスピーカーを通して聞ける時間も終わりに近づいていたので、マーラーの交響曲第2番以降は中止。

新スピーカーの威力にはほとほと感心。実演の音に近いと感じさせるナチュラルさと生々しさ、低音をはじめとするクリアで切れの良い音にはは、前に持っていたスピーカーが小型だったことを抜きにしても素晴らしいと感じ入っています。おかげで「嘆きの歌」初稿版の若書きの異常さとぎごち無さを余計に感じてしまいましたけれども。

ナガノ盤を除く他の「嘆きの歌」のCDは、初演に際してマーラーが大幅な改訂を施したもの+削除した第1部が殆どです。マーラーは、全3部のうち第2部と第3部のみを残し、残した部分も独唱者の数を減らしたり、楽器や小節を削ったりしてスムーズに音楽が流れるようにしました。例えば、初稿版第3部にあったドキッとさせる異なる音楽が不協和音でぶつかり合う部分も削除されています(バンダを使うアイデアは残しています)。

さて、改訂版を聞いた時と同様に初稿版でも、「復活」への音響上のアイデアやモチーフの転用、交響曲第6番のコーダ、第10番の第1楽章、第5楽章のA音のトランペットを用意するモチーフなど、後の作品を予告する音に満ち満ちています。とはいえ、それは後から振り返ってこそ言えるのであって、「嘆きの歌」初稿版を聴いただけで、後のマーラーの交響曲を想像することは不可能です。その意味で返す返すもロットが交響曲と他数曲しか残さずに短い人生を終えたことは残念です。


明日は、今のところアイヴス・フェスティヴァルの予定です。
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St.Ives

AUTHOR : St.Ives

No hay caminos, hay que caminar...

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