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お昼過ぎに起きて部屋の片付けをする。
フルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管による第九を聴く。新スピーカーで初めて聴いて、こんなにもっさりとした演奏だったかと唖然としていたが、4楽章に入って俄然面白くなる。その後、フォン・オッターが歌い、ナガノがLSOを指揮したマーラーの「大地の歌」の「告別」だけを聴く。 引き続いて家族とどこかで食事でもと新宿に出かけたら、飲み屋以外でここぞというところはどこもかしこも午後8時までというので閉口。 ロンドン時代を除いて、物心が付いてから我が家では年末年始は家で過ごすことにしているので、大晦日の街中がどうなっているか知らなかったとはいえ、こういうときこそ集客のチャンスだと思うのだが、とブツブツと文句を言っても始まらず、高島屋内のイタリアンで夕食。1時間ちょっとしかなかったが、結局きちんと食べてしまった。 帰宅してTVを付けたら紅白、ちょうど吉永小百合による詩の朗読が始まったところで、その後のまっさん、森山良子と聴いてから部屋に戻る。 とりあえず今年最後に聴く曲は、オイストラフとムラヴィンスキーによるショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番になりそうな感じ。
ということで、1月9日までお休みで嬉しい限りであります。もっとも部屋の片付けがされていないので、新年を迎える気分ではありません。
仕事納めを記念してという理由をつけて、昼休みに銀座ヤマハに本を買いにでかけたら、楽譜のバーゲンをしておりました。開始は26日で、本日は最終日ということもあり、40%引きが50%引きへと割引率を拡大させていました。さすがに最終日ということで私の欲しいものは殆ど残っていなったのですが、幸いベリオの"Concetrto II(echoing curves)"が残っていたので購入。まあ50ポンドならば、オックスフォード・ストリートで購入しても同じだろうという感覚でありました。 しかし、ヒンデミットのオペラ「カルディヤック」(オイレンブルク)が2冊も売り出されていましたが、誰も手に取った感がありませんでした。持っているからなあ、「画家マチス」(SCHOT)だったならば買ったんですがねえ。 結局探していたものが見つからず、ベリオを収獲物として帰宅。私はそれほどのベリオ聴きでないのですけど、行く先々の楽譜店のバーゲンではどういう訳かベリオの楽譜に出くわすので、購入してしまう。近作の楽譜は、ちょこっと楽器編成を変えれば、あーら不思議別の作品になってしまいました的な譜面づらなんで、買っても面白くないんだよなあと思いつつ、編成の構成やら配置やらが知りたくて結局購入してしまんのでした。 もっとも、今、これを書きながら聴いているのはモーツァルトの交響曲第40番が終わってこれから41番(マッケラス指揮プラハ室内管弦楽団)だったりします。テンポやリズム感はこの両曲のベストの演奏だと思うが、ラトル&BPOのCDが出たらそっちがメインになると思う。実演を聞いた時の興奮と驚きは、あーあれは今年の3月だったのか、遠い遠い遥かな昔のように感じる。 来年はシューマン歿後150年なのだが、ちっとも盛り上がっていない、どこかで、「ファウストの情景」、「レクイエム」、「ミサ・サクラ」あるいはツヴィッカウ交響曲を取り上げるオーケストラはないのかね?
午後4時6分岡山発ののぞみの中で第1巻と2巻の半分までを読んで、結局新宿で残り3巻も購入してしまい、本日の午前4時までかかって全巻読んでしまった。
2巻途中までで、大体展開が読めてしまったが、それはともかくも最後までひっぱる力のある作品であった(ほぼ最後のシーンも含めて予想通りだったけど)。なんというか、クリスティーの「カーテン」(ポアロ最後の作品)にドストエフスキーの「悪霊」のテイストを織り込んだ作品という感じ(登場人物の背景描写が延々と続くのには、 「どこがミステリー?」とか思ったものだし、あのお間抜けな二人組み+1はまさに「悪霊」の登場人物こそ相応しい)。漫画を読む人ならば「モンスター」を思い起こすだろうが、彼ほど凄みはない。 個人的には練馬区春日町の情景描写や、7丁目からバスに乗って練馬駅まで出てそこから池袋に出かけるシーンに爆笑(なお、春日町に7丁目はないです)。まだ大江戸線がないころの話であった。 さて、肝心の旅行だが、祖母が元気で何よりであった。91歳という年にもかかわらず、あまりボケておらず──それはそれで悲劇なのだが──、それなりに身の回りをきちんと一人でこなしていたし、私も直に歓迎してくれたので、ホッとしたのだった。 さて、祖母のお見舞いとは別に、倉敷の美観地区や大原美術館を25年ぶりに訪問。当時は良く分からなかったが、大原美術館は中々に良い趣味の美術館であった。 なお、27年ほど前に行った時はゴッホの「糸杉」が展示されていたが、最後に訪問した時それは贋作として展示からはずされていたし、現在の収蔵品リストにも掲載されていない。 併設の棟形志功の展示室に行くと、そこに志功がここ大原美術館で初めて生のゴッホの絵を見て感動した話をもとにした作品が展示されていた。美術における真とは美とは、オリジナルと贋作の違いは何かとしばらく考えてしまった。 また、直島という瀬戸内海に浮かぶ小島にも行った。ここは産業廃棄物で知られる豊島の隣りにあり、現在島内に昔(私の母が海水浴で遊びに来ていた子供の頃だから、少なくとも60年以上前)からある三菱マテリアルの工場でその処理を行なっているが、ここ10年ほどはベネッセが美術館等を作っており、それが新たな島の観光資源となっている。しかし美術館を知ったのは後で、まずは屋外展示の↓の写真に惹かれて、訪問を決めたのだった。 ![]() 私はカボチャが大嫌いだが、この妖しさに惹かれてしまった。 美術館は、ベネッセ・ハウスというホテルもある現代美術館と地中博物館という建物の殆どが山の中にある美術館の二つ、それに↑をはじめとする屋外オブジェ、そして古い集落にある家屋や神社を利用した小現代美術館が島に点在している。自転車でこれらを回るのもまた爽快であった。 美術館は安藤忠雄の手によるが、中でも地中美術館が建物と収蔵作品の双方でとても素晴らしい。訪問するならば、空気が澄み切り、雲一つなく、客も少ない冬の平日の朝一番が良いであろうと思う。中がとても響くので、心無いカップルや団体さんが作品た建物も見ずしゃべくりまわっていると、雰囲気が台無しである。 もう一つ地中美術館で面白いのは、スタッフの衣装である。はじめそれを見たとき、初めはオウム真理教徒を思い起こさせた。しかしかなり広く天井の高い空間で、ヴァルター・デ・マリアの作品を見たとき私の頭の中である曲が流れ始めた。 (ここでパルジファルの第1幕の音楽が始まる) 写真をお見せできないのが残念だが(美術館内での写真撮影は一切禁止されている)、訪問する価値はある、ただし静謐さを保つことが必須なことをお忘れなきよう。 なお、ベネッセハウス併設のホテルは、私からするとメチャクチャ高いのに、3連休中は満室であった。さらに、ベネッセハウスのある山の麓に新たなホテルをベネッセは建てていた。やはりバブルは再来しているんだ! 最終日の昨日は、琴平の金毘羅様にもお参りした。当初は高松で讃岐うどんを食べて岡山に戻る計画を、琴平の場所も知らずに計画変更で向かったことから、琴平での滞在時間は、帰りののぞみの発車時刻から逆算して最大で1時間というタイミングで到着。ところが無知の悲しさ、てっきり明治神宮のように、駅前の平地にあるとばかり思って向かったら、385段も登る山の上にあると知ってそのまま帰ろうかという気にもなったが、結局例のごとく「せっかく来たのだから」と向かった。長い参道のうどん、おまもり、饅頭etc.を売りつけようとするおばちゃんたちを振り切り、団体客の間をすり抜けて、汗びっしょりになりながら石段を登りきって本殿に到達。願い事は、「帰りののぞみに間に合いますように」。 ご利益があったことを報告して、今日は筆を起きたい。
というわけで、旅行に行きます。
広島と岡山に祖母のお見舞いを兼ねて、直島(香川県)の美術館等に行く予定です。オペラもコンサートもありません(あれば行くんだけどねえ...)。 これから、ゆず湯に入って寝ます。
気が付いた時には遅かったので、永野秀樹のリサイタル@さいたま芸劇には行かず。
この土日はもっぱらCDと英国から送ってきてもらったDATを聴いて過ごす。 昨日 Ami:ミサ・クム・ユビロ(エラート) 今から20年くらい前に売り出された物。「はて、どんな曲だったか?」と聴き始めて、あーこりゃもういいやと思ったが、一応最後まで聞く。多分あと20年位してまだCDが聞ける状態だったら、また「はて、どんな曲だったか?」と聴くかと思う。フォーレやデリュフレのレクイエムで十分だろうと思う、ちょこっとだけ現代物らしい作品。 指揮はエトヴェシュ。 Ablinger:作品集(KAIROS) 絶え間なくノイズが背景にあり、一つのリズム、一つの音のパターンが繰り返される作品が3つ。アイデアは異なれど音響は異なるが、51分聞いた後の感想は、1曲5分でこの作曲家の作品は十分ではないかと思った。カンブルラン指揮クラングフォーラム・ヴィーンの演奏。 ムラヴィンスキー in モスクワ 1965年(4枚組み) 気分を変えてみることにした。 あまりのテンポの速さとそれが整然と演奏されている様に唖然として笑い出すしかない冒頭の「リュスランとリュドミラ」はをはじめ、良い演奏がかなり音質も改善されているので、お奨め(もっとも、1枚目のCD収録の「ワルキューレの騎行」は上滑ッた感のある演奏であった)。 メンデルスゾーン SQNo.1&No.6 ヘンシェルSQとエマーソンSQの聴き比べと思ったが、エマーソンSQの録音が変すぎる。我が家のオーディオで聴くと、両スピーカーの間から音がなく、第1、第2ヴァイオリンは左スピーカーに、チェロとヴィオラは右スピーカーの所に点で定位する。因みにヘンシェルSQはきちんとスピーカー間に定位する。おかしいと思って、エマーソンSQのバルトークの4番の第5楽章を聞いて見たが、これはきちんとスピーカー間に第2ヴァイオリンとチェロが定位していた。不思議である。 因みに演奏は、ヘンシェルの方がしなやかで各パートがそれぞれ自己主張している様が好ましいが、エマーソンの(第1ヴァイオリンとチェロばかり聞こえるけれど)メカニカルで前につんのめり気味の演奏もそれはそれで好きである。 ついでにヴァイオリニストのツェートマイアーSQのバルトークの4番を聴いたが、時々合奏の精度が落ちることと、第5楽章などで出だしのテンポが保たれないのが難点か。ヴィオラが第1ヴァイオリンの隣りに座っているのか、その音が左から聞こえるので、最初は非常に違和感があった。 以下DAT BBC3のチャールズ・マッケラス80歳記念より R.シュトラウス作品集(BBC響) ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」 中々に良かったが、特に後者が結構気に入った。 BBC3 R.シュトラウス 「エレクトラ」 メスト指揮、クリーブランド響、ガスティン、パルマー これは凄い演奏であった。ボケーと聴き始めてガツンと頭を殴られた。CDーR化してスピーカーを通して聴こう。 BBC3 ファーニホウ 歌劇「シャドウ・タイム」@ENO あのファーニホウが歌劇を書いたということで聴く。最初の30分はひたすら解説で、ピアノとスピーカーをするホッジズの冷静な解説が聞けた。ヴァルター・ベンヤミンの物語である。彼は、ナチに追われて亡命先のフランスからピレネー越えでスペインに出てアメリカに亡命しようとして、それが出来ずに自殺したが、その部分は音で明確には表現していなかったようであるが、聞き漏らしたかもしれない。語りが多く、起伏があまりなく、これといって耳をそばだてるような部分もなく、面白い曲ではなかった。しかし、譜面は真っ黒だろうと思うが、どうなんだろう。 本日 ヘンデル:メサイア アーノンクールの新盤より第2部だけ聴く。ハレルヤ・コーラス(No.19)が、No.18との対比から見ても異様に柔らかいのに違和感を感じつつも、あー美しいなあと録音日を見て、あー聴きに行けばよかったと思ったが、そう言えばリヨンにショスタコーヴィチのオペレッタを見に行き、戻ってからコヴェント・ガーデンで「ラインの黄金」を見ていたから無理であった。 オネゲル:ダヴィデ王 先のメサイアでも歌っていたC.シェーファーのザルツブルクでのライブのエア・チェック。この曲は昔必要に迫られてアンセルメのCD(輸入盤)を購入したら歌詞カードが無くて困ったが、それ以上に曲が退屈で退屈で第1部だけ聴いてやめてしまった。指揮はアダム・フィッシャー。因みに演奏日は2004年1月31日だそうで、うーむ、この曲ならばアムステルダムでオッターの歌うシェラザード(ラヴェル)とハーゲンSQのバルトーク2番を聴いていた方が確かに良かったと思うのであった。 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番〜第32番 先日池袋HMVに寄ったら5000円を切る値段で、アマデオ原盤のグルダの全集+ピアノ協奏曲全集(ホルスト・シュタイン指揮VPO)+DECCA原盤の23番、24番のセット12枚が売っていたので購入。何気に23番を聴き始めたら面白かったので、結局32番まで聴いてしまった。 かなり速めのテンポ、スイング感とも言うべき軽いリズム感での推進力、デフォルメ気味のダイナミック・レンジの付け方、混濁も時に厭わないペダリングでグイグイと27番まで聞かせてくれる。ところが28番以降になると、それまでの演奏と比較すればの話だが、かなり大人しくなってしまった(特にスイング感がかなり後退する)のは不思議であるし、残念である。 あんまり疲れたので、ミヨーの「屋根の上の牡牛」ヴァイオリン協奏曲版(クレーメル、シャイー指揮LSO)を聴く。オリジナルの楽譜ではまったく追えんなあとか、オリジナルの方が好きだなあと思っているうちに終わった。 現在は、BBC響によるブーレーズ80歳記念コンサート(BBC3)を聴き始めた所。 話変わって、泰星スタンプ&コインから久し振りに案内が来た。中を見て思わず考え込んでしまった。確かに音楽家、音楽をモチーフにしたコインを収集しているとはいえなあ。時々覗いているK&Kの奥方は、きっと購入されるだろうが...。因みに本物のコイン(モネ・ド・パリ<パリ国立造幣局>作成)で額面は50ユーロ。他にも幾つかの種類があります。 ![]()
続き
ドビュッシー:前奏曲集第1巻 熱心なドビュッシー聴きでは決して無く、この曲集もリゲティの練習曲集を聴きに行ったらプログラムに組んであったとか(野平@さいたま芸劇)といった程度。家にも3セットしかない(ミケランジェリ、ヴェデルニコフとポリーニ)。 というわけで、大して演奏については書けないが、テンポを速めに取りつつ、音を濁らせず一音一音を明確に引き分けつつ、タッチの違いで音の絵を描いていく。3曲目の「野を渡る風」の切れが良くてクリアなタッチ、一方で10曲目「沈める寺」においては、低音部を重い意っきり強烈に打ち込んで中音から高音部のクリアながらたゆたう音の水面を崩してゆく。実に美しい、ぼやけていない色彩から構成されたドビュッシー。 ブーレーズ:ピアノ・ソナタ第1番 ものの本によれば音列作法で作曲されていると書かれているが、それを忘れて聴ける曲である。第1楽章は、地上に触れると同時に天に飛び立つかのように、何がしかもの連続性を忌避する音楽は、比較的主題めいたものを把握することがそう困難ではないにもかかわらず、ランダムな音の羅列にも聞こえ、かえって天から地に降り注いで跳ね返って散っていく水晶の粒子のような美しさを感じさせる。若干CDの演奏よりもペダルが多く、ホールのくぐもった音響もあってウェットな音であったが、美しいことには変わりない。 1楽章がルー・マルトーの凍った炎の世界ならば2楽章は、近作のレポンやスール・アンシーズ、デリブ2を想起させる高速運動そのものの音楽化。ピアノ1台だけに単調かと思いきや、(短いこともあろうが)飽きることなくエマールは聞かせる。最近録音されたDGのJumppanenが若干「タメ」のような部分を聞かせるのに対して、まったく躊躇することなくスムーズに進み行く、それはつい先ほどに聴いたドビュッシーの「西風が見たもの」を想起させた。調性の有無を問わせない色彩感と、迫力を伴ったこの曲を実際にナマで聞けたのは幸せなことであった。 シューマン:謝肉祭 op9 弾いている姿や顔の表情が実に楽しそうであり、「スフィンクス」の弾きっぷり一つとっても、演劇の役者のごとく思わせぶりな演奏であった。 出だしの若干ペダル過多で沈滞気味であった音は、途中から徐々に修正され、重力を感じさせない軽妙さ(アルルカン)、ユーモアたっぷりに重々しく(スフィンクス)、時にエキセントリックにまで速くて軽いタッチ(パピヨン、ASCH-SCHAなど)、時に優美(高貴なワルツやショパン)にと曲の性格をやや過剰に反映させて面白く聞かせてくれる。そのピアノはけっしてバタついた感じ、あるいはピアノの鍵盤を叩いているという感覚を与えない。 急速な「休憩」をから引き続いて最後に来た「ペリシテ人と戦うダヴィッド同盟の行進」は、シューマンとも思えない決然たるマーチから徐々にテンポアップし、最近同曲をリリースしたアムランも真っ青なテンポで弾き切ってしまった。やんやの大喝采であることは言うまでもない。 そのやんやの大喝采を受けてアンコール。座るや否や一言「シェーンベルク」。 作品19の2(3は間違い)、5?、6。中々しっとりと弾いていた。ただ、個人的にはポリーニのある種無機質で硬質な演奏の方が好みである。 続いて会場が少し落ちついた中、「ブーレーズ!」と言って、ノタシオン。特に最後にド派手な第2番で閉め、さらにそれをエマールがショーマンシップをたっぷりな弾き方をすることから、余計に会場は沸いたのだった(こんな盛り上がるブーレーズの作品も珍しいが、本人自身がLSOを相手に振った管弦楽曲版のレクチャー付きコンサートでも盛り上がって、2番だけ繰りけ返していたことを思い出した。一方、ロイヤス・フェスティヴァル・ホールで、1番から12番まで真面目に弾いた内田光子は非常に聴衆の受けが悪かった)。 あまりに盛り上げてしまったので、それを冷まそうと「メシアン!」と言って「まなざし」の11曲目「聖母の最初の聖体拝受」を弾く。冴え冴えとした光に照らされながらも温かみのある静謐で緊張度の高い美しい演奏であった。このまま終わらずにいて欲しかったがそうはいかない。最後の和音が鳴らされて一わたり静寂が訪れた後、前にも増して盛大な拍手。 ホール内に照明が燈っても席を離れない多数の客が拍手を送り続けるので、結構疲労困憊気味のエマールは、もう1曲と指を上げて一言「クルターク、パント・マイム!」、そして実に楽しそうに架空の、盛り上げ系の曲を弾いている振りをし、最後に長大な低音から高音へグリッサンドのまねをしてから客席に向ってニコッと笑った。客席からの笑いと拍手の中リサイタルは終了。
仕事はあっけなく終わったが、もう夜遅いのでエマールの感想は明日に続く...予定。
ブーレーズのノタシオン(ピアノ版)とシュニトケの交響曲第5番とロットの交響曲の楽譜がドイツから中々届かんなあとぼやく今日この頃。特にロットは2月の新日po.の演奏会までに間に合うのだろうか? 書き忘れていたが、新年早々のコンサートは、大野指揮、新日po.によるショスタコーヴィチの交響曲第4番(6日、7日)。偏愛曲とはいえ、まだ7回しかナマで聴いた事がないので、とても楽しみである。もっとも新年早々に聴く曲とは私ですら思わないけれど。
飲み会の帰り、夜10時過ぎの荻窪あたりでは雪が舞っていたので驚いたSt.Ivesです。幸い練馬の我が家付近は晴れていました。しかし、帰ったら、お仕事の電話があったので酔いが覚めました。
という訳で本日のリサイタルは曲目紹介だけ、しかし素晴らしいものでありました(ホールから出て、そう言えば電子音でエマールが弾きなおしたっけと思い出した)。 12月11日(日)午後3時 三鷹 風のホール ピエール・ロラン・エマール(Pf) ドビュッシー:前奏曲第1巻(美しいですな。隣のおばあさんが、色彩の魔術師だと感嘆しておりましたが、むべなるなかであります) ブーレーズ:ピアノ・ソナタ第1番(CDより潤いのある響きと、第2楽章の近作を思わせる音響のうねりをピアノ1台で再現しておりました) 休憩 シューマン:謝肉祭op.9(非常に多彩な響きと重力から解き放たれたようなタッチ、そしてアムランも真っ青もテンポでありました) (アンコール) シェーンべルク:6つのピアノ曲op.19より3曲(3、5、6曲目だったはず) ブーレーズ:ノタシオンより4曲(うーむ、どれだったか確認せねば。しかしこれも凄かった) メシアン:「まなざし」より11曲目「聖母の初聖体」(聴き物であった) クルターク:パントマイム(笑った) とりあえずこれで本年のコンサート通いは終わり。でも、時間があれば、18日にさいたままで永野のリサイタルに行く予定。デゥティユのピアノ・ソナタは滅多に聴けないからなあ(個人的にはミュライユの「忘却の領土」とか弾いて欲しかったのだがねえ、彼のレパートリーにはいってなかったっけ?)。 では、これからお仕事です。
プーシキン美術館展@東京都美術館に行き、その後パール展@科学博物館に行く。どちらも良い展示であった。前者は規模こそ小さいが、見応えのある作品が多かったし、後者は良く知らない真珠を巡る様々な知識を仕入れられた、もっともカップルで行くのはお勧めしない、最後の最後に「ミキモト」のショップが待っているのだ(笑)。
さて、上野への行き帰りに読んだのが標題の「またまたへんないきもの」である。「またまた」付いているので続編らしいが、最初のは読んでいない。イラストはその物がどんなものか分かるようにきちんと描かれているが、面白いのは説明文である。一例を挙げておく。対象は「トラフカラッパ」というまん丸な形をした一見豊満な蟹。サブタイトルは「蟹の仮面の告白」 (強調されている部分は原文においても強調されている) 蟹の仮面の告白 トラフカラッパ 三島由紀夫はカニが嫌いだったという。我々凡人にはカニといえばカニ鍋しか浮かばないが、三島は鍋はおろか「蟹」という文字さえ嫌悪したという。脚を何本もはやらかし両手は嗜虐的なギロチンばさみ、その上、鎧の牢獄に我が身を幽閉したかのようなこの閉所恐怖症的生物に、彼の文学的感受性は耐えられなかったのかもしれない。泣き濡れて蟹とたわむれる啄木とはえらい違いである。 しかし、丸々と肥え太り、平安の姫君のように恥ずかしげに顔を隠すトラフカラッパには、嫌悪すべきカニのイメージはあまりない。 巻貝が好物のこのカニは、貝を拾うと表千家の作法に則り、殻をくるくると回してよく吟味、お気に召しますとお道具のハサミで殻を綺麗に割りつつ、中のお肉を少しずついただく。こんな華族の晩餐の如き優雅な美食で肥え太ったかもしれないが、これに比べると、他の駄カニ類が餌を貪る有様は品位に欠けると言わざるをえない。 しかし上品な食事といっても、貝を片手で割るなどとは、鉄板を素手で割り裂くような凄まじき芸当だ。貝割り用の缶切りバサミとして進化、サイボーグ並の怪力を発するお道具があってこそ、この品位は保て、そして優雅に肥え太ることができたのだろう。 ならばさぞお肉もたっぷり・・・と凡人にはやはり食うことしか浮かばない。だが実はこのカニが立派なのは甲羅とハサミだけ。その身の貧弱さはガンジーと互角で、こんな間抜けな正体をみたら、三島の嫌悪感も減じ、その魂も少しは和んで、ひょっとして市ケ谷にも行かなかったかもしれないというのはくだらぬ妄想に過ぎないだろうか。 [トラフカラッパ] 甲幅12センチほど。甲殻鋼十脚目カラッパ科。南太平洋、インド洋の水深30〜60メートルの砂底に棲む。体半分砂に隠し、口部と鉗足を閉じ合せ、呼吸水を濾過する。特殊化した鉗(ハサミ)で巻貝を割り、中の肉を食べる。雄が雌を背後から抱くようにして交接を行なう。 帰りに「へんないきもの」を購入したのは言うまでもない。 明日はエマールの弾くブーレーズのピアノ・ソナタ第1番を聴きに三鷹に行きます。
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