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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2006.01.29 Sun » テツラフ(vn)、ブロムシュテット、NHK交響楽団

午後3時開演

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77
      交響曲第1番 ハ短調 op.68

指揮がブロムシュテットなので、外れることはないだろうし、テツラフも聴けるしくらいに出かけたら、非常に素晴らしいコンサートでありました。

舞台向って左側に座り、さらに対抗配置ゆえかもしれないが、しっかりとした低音の上に音がきちんと積み上げられており、さらに音自体にも相応の厚みと勢い、生気がみなぎっていました(このオケは本当に「悪いオーケストラはない、悪い指揮者がいるだけだ」を地で行くところがあります)。また、コンサート・マスターがドレスデン・シュターツカペレのコンサート・マスターでもあるペーター・ミリングだからという訳ではないだろうが、弦の音色が美しい(なお、交響曲にはソロの部分が若干ながらあって、「あードレスデンの音だ」としばし別世界に行ってしまった)。弦の他では、ティンパニとホルンが本日は特に良かった。前者は押し付けがましくなく、しかし存在感をしっかり確保するような響きだったし、後者は、気が付いたら、嘗て日本のオケに感じていた危なっかしさを忘れて惚れ惚れと聴いていた。

全体の解釈は、ヴァイオリン協奏曲も交響曲も大見得を切るようなところはなく、きちんと填まるべきところ、あるべき所に音やテンポが決まっており(第4楽章で若干テンポのアップ・ダウンを目立たせていたけれども)、錯綜とした音をマスとしてだけでなく綾や掛け合いをしっかりと聴かせ、非常に聴き応えがあった。

独奏のテツラフについて言えば、いつもながらの冴え冴えとしたテクニックのもと、ニ長調に感じられる明るさ等の情感を切り落としたかのような、クレーメル程とは言わないまでも、音も擦れるような激しい瞬間もある演奏でした(オケががっちりとサポートをしていて、協奏曲ながら交響曲的な感もあり)。次回はベルクかリゲティのそれを再度聴きたいものだ(シベリウス、ストラヴィンスキーあるいはシェーンベルクでも良い)。


ブロムシュテット&N響のブルックナーの3番(第1稿)も聴きたいなあと思ったら、会場はサントリーであった。これではチケットの入手はほぼ無理だな。

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2006.01.26 Thu » 楽譜がまたまた届く

このところ同じ話題ばかりだが、楽譜がまた届いた(実は昨日もレーガーのピアノ協奏曲の楽譜が届いていた)。MUSIAは本当に1、2冊ずつ航空便で送るつもりらしい、まあすでにお金は引き落とされているんでどうでもいいのだが。


まずはシュニトケの合奏協奏曲第4番。他の合奏協奏曲の中では、この第4番が何故か最も好きである。第1楽章冒頭、バロック風にトランペットが高らかに旋律を歌うのだが、それが4/4から7/8拍子に変るところではすでに耳が捉まってしまうのだった。ディスクはシャイー盤ぐらいしかもっていないし、それで満足しているのだが、他で良い演奏はあるのだろうか?


あわせてゼレンカの究極のミサ曲シリーズの1曲Missa Dei Patrisの楽譜も届く。ゼレンカを聴き始めるきっかけとなった曲である。他のミサ曲では使われている金管楽器や太鼓の類が編成に無く、弦楽器と声で綾なす流麗な織物という感じで、通奏低音や技巧的なフーガを用いているが、曲調はバロックというよりは古典派である。


この調子で行けば、明日あたりにロットの交響曲第1番(ダブリだ!)とシェーンベルクの室内交響曲第1番op.9bが届きそうだなあ。

2006.01.23 Mon » Keqrops届く

帰宅したらホリエモン逮捕のニュースばかりであった。何処の放送局も鬼の首を取ったように放送していたのが、事件そのものよりも印象的であった。


マインツとは別のドイツの楽譜店(www.musia.de)に頼んでいたスコアの内、クセナキスのピアノ協奏曲Keqropsのみが届く。この店は、1冊ずつ送ってくるのだろうか?と危惧している。とはいえ、早くゼレンカのミサ・デイ・パトリスとシュニトケのコンチェルト・グロッソ第4番(交響曲第5番)の楽譜が見たいものだ。

クセナキスの楽譜に話を戻すと、現代物のスコアは総じて高いのだが、これは18.5ユーロとかなり安い感じがする(出版社はSALABERT)。とはいえ、2冊はいらんのだが...。

2006.01.22 Sun » 一周忌と「ダナエの愛」

昨日は雪が降る中、武蔵嵐山の墓場で出かけ、父の一周忌の法要を行なう(法要は施設の中で行なうことにしていたので、助かった)。当初来る予定だった叔父は脳梗塞で入院して来られず。母の姉の叔母が参列。

経を読む坊さんが、鐘を叩き損なって撥が空を切った時に妹ともども笑いをこらえるのに苦労したほかは、淡々と進んだ。

その夜は、母と妹の3人で銀座の中嶋で食事。妹と魯山人の器をこっそり持ち帰る計画を練っていたが、我々には出されなかった。残念。


本日は、新宿文化センターにシュトラウスのオペラ「ダナエの愛」の日本初演(コンサート形式)を聴きに行く。向うでもこれは聴く機会が無かったので楽しみに出かけ、一応満足する(会場は暑すぎる)。最後から2番目の作品。「エレクトラ」や「薔薇」のゴージャスな響きの合間に「四つの最後の歌」を挟みつつ、「影の無い女」のような雰囲気のストーリーのオペラ。もう少し上手い脚本だったら、「薔薇」か「影の無い女」のような感動を与えるはずだったが、台本作家はメモだけ残して既に亡くなっていた。

1944年のザルツブルク音楽祭での初演はナチスの命令で中止され、公開ゲネプロ(同年8月16日、指揮クレメンス・クラウス)のみが許された。

「最後の音が消えた後、深い沈黙が続いた。『もっといい世界で再会しましょう』。シュトラウスは涙に声を詰まらせながら言った。

(演出家ハルトマンの証言。「第三帝国のR.シュトラウス」山田由美子著、世界思想社、p.212より)



指揮は初物と企画の人、若杉。演奏は先日のショスタコーヴィチでがっかりな演奏を繰り広げた新日本po.。彼らはこの後に、オネゲルの「火刑台上のジャンヌ」、ロットの交響曲、プロコフィエフの交響曲第3番、ツィンマーマンの1楽章の交響曲と滅多に演奏されない曲が続くので、消化不良になっているのではないかと思うのだが、案の定第1幕の出だしの覇気の無さと、ヴェールの向うで演奏しているかのようなボンヤリとした音には先行きに不安を感じさせた。さらに合唱が雑だし。もっとも、合唱は第1幕のみなので我慢ができたし、オケも、第1ヴァイオリンの音の薄さはいかんともしがたいけれども、徐々にエンジンがかかってきて、大分良くはなってきた(しかしフルートのびり付くような鋭い音は、楽譜にそういう指示があるのだろうか?)。しかし、この曲は、ドレスデンかヴィーンの響きで聴きたいなあ。

歌手に関しては、うーむ、時々ダナエ役の佐々木典子も含めて、言葉が聞き取れずメロディーラインの一つになっていた感がある。ミダス王役の大野徹也は、強い声を出そうとするのだが、音が低めに出る時があった。ユピテル役の久保和範は、最後雄弁に歌ったが、彼はちと窮屈そうな歌いっぷりだし、横を向いて歌われるとオケに声が消されてしまう。
主役のダナエを歌った佐々木典子は、歌詞が聞き取りづらいところもあったが、声量といい表現といい私には満足できる出来でした。

さて、指揮者の若杉、交通整理するだけでも大変な曲だとは思うが、それ以上のものが欲しいなあと思って、早20年近く聴いているなあ、すっかり頭も白くなり、痩身だったのがますます痩身に見えてしまった。
衝撃の来シーズンの新国立劇場のプログラム(新作無し。20世紀の作品が「薔薇の騎士」と「西部の娘」そして「蝶々夫人」というメトロポリタン並に保守的なプログラム<でも、歌手は...>)を改善してくれよと思いつつ帰路に着く。

途中、新宿高島屋で、このところ1日3分くらい狂うので困っている時計を修理に出す。2万円くらいかかるらしいが、機械式なので致し方ない。


現在は、野平一郎の「ベートーヴェンの記憶」を聞いています。最近似たような曲を聴いた覚えがあるのだが...。

2006.01.19 Thu » 下らない曲であった

サントリーまで別宮の交響曲第2番とチェロ協奏曲を聴きに行った。前者は店頭でナクソスのCDを聴いて購入を取り止めているくらいなので、実演も全く期待せずに、後者は知らないのでどんなものかと思って出かけた。

予想以上に時間と金の無駄であったというのが実感であり、終了と同時にホールを出た。

2006.01.17 Tue » iPodの調子が悪い

このところiPodの調子が悪い。バッテリーがあっという間に無くなり、停止スイッチも時々入らなくなる。

今日は、リングのライトモチーフ集(D.クックの解説)を少々、グリゼイ作品集、そしてベートーヴェンのラズモフスキーの1番(エマーソンSQ)を聴きながら会社に向い、会社前で止めようとしたところ無反応。仕方ないのでそのまま鞄にしまった。はたして何番まで再生したのだろうか(エマーソンSQの全集を入れてある)。

帰宅時に確認したら、当然ながらバッテリー切れであった。最近このパターンが多い。まだ購入して2年も経っていないので、買い換えるには早過ぎる気がする一方、修理やバッテリー交換費用を考えると、きっと新品を購入した方が安くつきそうなので、悩ましい。

今月は楽譜代の送金に家族揃っての外食を一周忌を記念して奮発することにしたし、母はいきなりマチュピチュの遺跡が見たいと言い出して旅行計画を練っているし(費用は私持ちだ!)、物入りである(シュナーベルの交響曲第3番の楽譜をお買い上げ頂いた方、ありがとうございます)。

と思って帰宅したらアマゾンから本が届いていた。「線文字B」(大英博物館双書、學藝書林)と「中国開封の生活と歳時」(伊原弘著、山川出版)および「宋代中国を旅する」(伊原弘著、NTT出版)の3冊であった。北宋の首都・開封は、宋代そのものに興味があることに加えて、一大消費都市としても非常に興味深い(皇帝による消費都市の誕生という意味では、19世紀のナポレオンIII世下のパリと似ているかな)。「線文字B」は、まあ「踊る人形」(シャーロック・ホームズの一短編)のノリで購入


これから小澤の振ったオネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」(DG盤)を聴いてから寝る予定。この録音については、ボド指揮の演奏(DENON)に慣れ親しんでいるので、テンポの速さとジャンヌ役の声が老けていること、王達のカード遊びのピアノの音があまりハープシコードっぽく調整されていない(楽譜に指示あり)こと、演奏が遠くで行なわれているような録音とかこまごまと違和感を感じております。実演ではデュトワ指揮N響の演奏が、ジャンヌ役の迫真の演技も含めて素晴らしかった(その前の若杉指揮N響の演奏も素晴らしかった)。ロンドン時代はゲント(ベルギー)で一回聴きましたが、これはジャンヌ役があまり良くなかったし、オケも乱れていて感心しなかった記憶があります。という訳で、来月で4回目のナマですが楽しみです。

2006.01.15 Sun » 何もせず

目が覚めたら、またもや午後3時過ぎであった。
昨晩MTTの振るチャイコフスキーの交響曲第4番(演奏はサンフランシスコ響)のDVDを見て(演奏に加えてMakingが50分近く付いていて、非常に興味深かった)。、それから本(「怪帝ナポレオンIII世」鹿島茂著、講談社。これも面白かった)を読み終えてからだったので、かなり夜も更けてから寝たと思うのだが、それにしてもなあ。

というわけで、「今年の人を聞く」の最後の数人がまだ聞けてないのだった。

2006.01.14 Sat » ジークフリート

ゲルギエフ指揮マリンスキー歌劇場の「ジークフリート」に行って来ました。「ジークフリート」は舞台で見聞きしたことがないので、一回ぐらいみるかという感じで出かけて、やっぱりこの作品は詰まらないねえと思って帰宅。

ブーイングが幾つか飛んでいましたけど、ヴォータンの声がやたら軽くて明るかったのには違和感おおあり、とはいえ別段オケは悪くは無かったし、他の歌手もあんなものかなという程度。指揮も1月9日の所沢同様に面白く聞かせてくれました。

演出と舞台美術については、全く面白みがありませんでした。まあ、ヴィーンでみた「神々の黄昏」の一昔前の演出・美術よりは良かったけれども。

「ヴァルキューレ」が見たいんですけどねえ、所沢がよかっただけに。

帰宅して「のだめカンタービレ」の第15巻を読もうと思ったら、半年前に頼んだ楽譜が届いていた。

この店からはメールに対して全く反応が無かったので、もう無理と思って別の店に頼んでおいたのになあ、と思いつつ開封。うーむ、店の方で曲名表記と楽譜番号を間違えていたので、2冊ほどこまったちゃんがあったが、まあ交渉するとどれほど時間がかかるか分からないので諦めよう。ただ、シュナーベルの交響曲第3番の指揮者用総譜と、同じくシュナーベルの弦楽四重奏曲第5番のパート譜を持っていてもなあ。前者はStudy Scoreを持っているし(指揮者用の方が大きくて見易いけど)、後者は一体どうやって見るんだ?と頭を抱えてしまうのでした。欲しい人に安く売るかな。

しかし、別のところにもほぼ同じ注文を出しているので、ロットの交響曲第1番とクセナキスのKEQROPSをいずれ2冊抱えることになるのか...、まあシェーンベルクの室内交響曲第1番のスコアを2冊抱えているから、良しとするかな(?)。

ともかく気を直して「のだめ」を読む。このところギャグが非常に減っておりますが、ストーリー的な面白さで読んでしまいます。私はバソンとファゴットの違いは分からんなあ、特に注意して聞いたこともないし。


これからMTTの振ったチャイコの4番のDVDを見てから寝ます。

2006.01.09 Mon » 河豚の卵巣を食べる&ショスタコーヴィチの4番(大野指揮新日po.)

帰省した人からのお土産品をいただいた。それは「河豚の卵巣の糠漬け」でありました。加賀(金沢近郊)の珍味だそうで、猛毒を含む河豚の卵巣を非常に濃い塩で1年ほど漬け、その後、糠に2~3年ほどつけると、猛毒は抜けているか、微生物に分解されてしまっているとのこと。

帰宅して早速夕食に。その味は、かなりしょっぱい中に、微妙な美味しさがありました。酒の肴として少しずつ食べるのが良いようです。なお、匂いはけっこうしますので、その手の食べ物が苦手な方にはお勧めしません。私も実は糠漬けが苦手なんですけど、好奇心が勝ったのでした。これは軽くあぶって、パラパラの振り掛けにすると美味しいかもしれない。



さて、昨日(6日)、一昨日(7日)の大野指揮、新日po.のコンサートですが、メインのショスタコーヴイチの交響曲第4番の出来は良くありませんでした。

テンポ設定については、まあ速目だろうなあという予想通りで、違和感は無かったのに対して、ニュアンスのつけ方が平板で、とても退屈でした(会場が異常に暑かったとはいえ、この曲を聴いている途中で意識を失うとは思ってもいなかった)。オーケストラでのソロのヴァイオリンのクレッシェンドやディクレッシェンドというのは無視するものなのか?とか、フルートやピッコロでは、タンギングの失敗か、あの妙な雑音は何だ?という感じです。神は細部に宿ります。

合奏に目を向けると、弦をはじめとしてオケにパワーがない。金管が鳴ると弦が、太鼓やらシンバルが鳴ると金管がかき消され、そこにあるはずのモチーフが聞こえない。もっとも、錯綜する旋律を上手く聴かそうという努力は金管セクションについては聴かれた事実は認めますが、それも太鼓の一撃で消えてしまう。

そして6日の演奏に特に顕著だったのは、どんどん曲の進行に連れてオケ全体のパワーが落ちていったこと。第3楽章の最後の盛り上がりの金管はスカった音を出していて唖然としてしまい、終演後は憮然として拍手もせずに帰ってしまいました(7日の方は、相対的には改善されていましたけど)。

さらに、ティンパニがオルガン真下のせいで響き過ぎて刻みが曖昧だったのも、特に第3楽章の終結部では、私にはとうてい首肯しがたいものでありました。

両日の演奏を比較すれば、相対的には7日の演奏の方が出来が良かったのですけど、これまで聞いたこの曲の他のライヴ(今回を含めて9回)では、真ん中より下に入れざるを得ない、がっかりする出来でありました(因みに最低の出来は、アラン・ギルバート指揮NHK交響楽団による演奏。ヤノフフスキーとの演奏は素晴らしかったのに、同じオケとは思えない出来であった)。


明日は所沢までゲルギエフ指揮マリスンキー歌劇場の「ヴァルキューレ第1幕」他を聴きに行きます。

2006.01.06 Fri » 今日はお休み

一応今日もCDを5人分程聞いたのですけど、もう眠いので明日以降に「今年の人を聞く」は書こうかと思います。それにしてもマルトゥッチ(生誕150年)のCDが見つからんなあ。ムーティ指揮の分がブゾーニとのカップリングを持っていたずなのに。

なお、新日po.のコンサートの模様も明日書きます。ただ、「地平線のクオリア」は、ちとムーディ過ぎる(後期タケミツっぽすぎる)気もしますけど、良かったのではないでしょうか。

では、おやすみなさい。

2006.01.06 Fri » 今年の人を聞く その4

今日は午前中から神保町に出かける。あれも読みたい、これも読みたいだったが、2冊だけ購入。その後、御茶ノ水のディスク・ユニオン、秋葉原の石丸電気、池袋のHMVと回って帰宅。CDの方は収獲なし。


ということで、本日もあまり聞く時間が取れず。


takemitsu

・武満(1930-1996) 没後10年
 地平線のドーリア(1966)
 外山指揮、東京都交響楽団
 DENON COCO-80783

といういことで、今年の真打の一人が登場。もう10年ですか、とはいえ晩年の「タケミツ・トーン」の頃の作品はもう殆ど聞かないので、その意味ではずーと昔の人に思えます。この作品は、まだまだ「厳しい」音楽ですので聴けます。もっとも、私には全体が笙の響きっぽく聞こえて仕方ないんですけど。
さて、明日の新日po.では、江村の新作(?)「地平線のクオリア」が取り上げられるのですけど、武満へのオマージュなんでしょうか?しかし、クオリアという言葉を最近よく耳にしますが、それがどう音楽につながるのかさっぱり分かりません。とりあえず、初日は解説を読まずに聴くことにしましょう。




kagel

・カーゲル(1931-)  生誕75年
 ルードヴィヒ・ヴァン(1969)
 タロー(pf)他
 aeon AECD0311

えー、この人にはその名も「1931年12月24日」という自分の誕生日を題名にした作品もあり、今は亡きディスク・モンテーニュから出ていたカーゲル作品集第3巻に収められており、私も昔持っていて聴いていましたが、ピンとこずに売り払ってしまいましたので、ベートーヴェン生誕200年を目前に控えたこの作品で代用。これも正直あまりピンと来ませんが、まあ聴いていて面白いことは面白いです。因みに、「1931年12月24日」は、ピアニストのリヒテルがべた褒めしています(「音楽的大事件」とまで言い切っている!)ので、リヒテル・ファンは一度は聞いてみても良いのではないでしょうか。



zender

・ツェンダー(1936-) 生誕70年
 シューベルト/ツェンダー「冬の旅」
 H.P.ブロホヴィッツ8t)、ツェンダー指揮アンサンブル・モデルン
 BMG 09026 68067 2

正直選曲を間違えた。昔聞いてつまらなかったのでお蔵入りさせていて、弦楽四重奏曲にしようかと思いつつ、カーゲルがベートーヴェンだったら、ツェンダーはシューベルトだろうとか思って聴き始めて後悔しきり。
聴き直すと、シューベルトの転調の妙を壊せないので、あまりメロディー・ラインをいじれない。そこで、伴奏を伸ばしたり、縮めたり、音色旋律風に扱ったり、特殊奏法を入れたり、時に歌詞を朗読させたり、叫ばせたりぐらいしかできません。しかし異化効果を狙ったのか、偶像破壊を狙ったのか知りませんが、どうにもそれが単なるこけおどしにしか聞こえない。どうせやるなら、もっと徹底的にせねば。またツェンダーの指揮のテンポが、「冬の旅」としては私にはテンポが遅すぎで、ついていけません(全部で90分近い長さです)。




kurtag

・クルターク(1926-) 生誕80年
 ヴィオラと管弦楽のための楽章
 K.カシュカシアン(va)、エトヴェシュ指揮オランダ放送室内o.
 ECM 289 465 420-2

クルタークをこれで代表させる気はないのですけど、滅多に聴かないCDを聴くことも目的の一つなので、久し振りに。全部11分ほどのバルトーク風な響きも聞かれる、しかしバルトークよりもロマンティックな作品。大昔に書いた2楽章あるヴィオラ協奏曲のうちの1つの楽章。クルタークにもこういう時代があったんだねえ。



その5に続く。

2006.01.05 Thu » 今年の人を聞く その3

起きたら午後3時だった...。
その後、郵便局にダブって送られてきた楽譜をドイツに送り返すために船便を出しに行き、銀行へ入金をしたりしていたので、あまりステレオで聞く時間が取れなかったので、「今年の人を聞く」は今日は4人だけであった。




yamada

・山田(1886-1965) 生誕120年
 交響詩「曼荼羅の華」(1913)
 湯浅指揮、アルスター管弦楽団
 NAXOS 8.555350J

生誕120年だったらクラシック音楽の演奏史上の大物WF氏がいますけど、とりあえずこの人から。本当は交響曲「勝どきと平和」でも聴きたいところでしたけど、時間の都合から驚くべき傑作「曼荼羅の華」。いやあ、この経歴と全く伝統からかけ離れたところからこれだけの作品を良く作りだせたなあと思いますよ。ところで、曼荼羅ってどんな華なんだろう?




miyasko

・ミヤスコフスキー(1881-1950) 生誕125年
 交響曲第6番 変ホ短調 op.23(1921-23、rev1947)
 スヴェトラーノフ指揮、ロシア連邦アカデミー交響楽団
 OLYMPIA OCD736

モソロフのもう一人のお師匠さん。ベタベタのロシア国民楽派あるいはロマン的な作風とまで行かないのだが(指揮をしているスヴェトラーノフの方がよっぽどそういう作風)、聴いていて憂鬱になる暗さと、取り留めの無さがあり集中力が続きません。そうした特徴の際たる楽章が、この曲の第4楽章。思わず、レスピーギの「ローマの祭り」の作曲年を確認してしまいました(因みに1928年)。さらに「怒りの日」の旋律まで聞こえてきて、当時のソヴィエト・ロシアではこれはありだったの?と思ってしまいます。ただ、最後はエネルギー切れを起こしていって何となく静かに終わってしまうのは、「ローマの祭り」好きとしては残念なところ。



Roslavets

・ロスラヴェツ(1881-1944) 生誕125年
 ピアノ・ソナタ第5番(1923)
 Natalia Pankova(pf)
harmonia mundi LDC 288 047

ミヤスコフスキーの解説に、生年である1881年はバルトークと同じと書かれていたが、同じロシアの作曲家も書きなさいよ、ということでロスラヴェツ。ロシア・アヴァンギャルドの大立者でありますが、作風はスクリャービン路線なので、あの神秘和音が聞けるならば、問題なく聴けます。このソナタもリスト(没後120年)やスクリャービンのソナタを彷彿とさせる音響です。演奏的には颯爽としてさっぱりしたアムラン(hyperion)の方が私好みですが、久し振りにこちらを聴いたのでした。




lourie

・ルリエ(1892-1966) 没後40年
 Concerto da Camera
クレーメル(vn)、ドイツ室内o.
DG 437 788-2

ロシア・アヴァンギャルドの大立者の一人でありながら、特異な道のりを辿ったルリエ。当初は12音技法を独自に模索していたのだが、途中から新古典主義的作風に転換。このCDに収まっているのはいずれもそうした新古典主義的作風の作品で、ストラヴィンスキーよりちょっと苦みばしっております。


その4に続く。

2006.01.04 Wed » 今年の人を聞く その2

昨日は3年ぶりに同窓会に参加。20人程度でしたが、懐かしい顔ぶれでありました。

今日も引き続き「今年の人を聞く」であります。モーツァルト以外にも探せばいっぱいいます。




Martinon

・マルティノン(1910-1976) 没後30年
 交響曲第4番「至高」
 J.マルティノン指揮シカゴso.
BMG TWCL-2010

 マルティノンというと指揮者というイメージ、ただし殆ど知らない指揮者というイメージしかありません。タイトルの「至高」はご本人が命名し、各楽章には

 1楽章:星への門
 2楽章:垂直の園
 3楽章:神々の交差

というメシアン?と思えるような副題が添えられています。で、その副題に引っ張られたわけではないのですけど、荒っぽく、もっと保守的にしたメシアンのような作品に聞こえたのでした(珍しく2度聴きなおしたが、印象変らず)。因みにカップリングのニールセン(「不滅」)は、今年が没後75年です。




Griere

・グリエール(1875-1956) 没後50年
 チェロ協奏曲 op.87(1946/47)
 S. Sudzilovsky (vc)、S. Skripla指揮ロシア映画音楽交響楽団
 OLYMPIA OCD592

カップリングのモソロフのチェロ協奏曲(1946)に惹かれて購入したもの。因みにモソロフの作品は、分かっていたとは言え、師匠と同じ作風であったのにはがっくりである。とはいえ、師匠ともどもロシア国民楽派というか、ラフマニノフが好きならば聴ける作風であります。師匠の第1、2楽章はメランコリックで久し振りに聞くと私にもよろしく聞こえました(毎日は聞こうとは思わないけど)。おっと、モソロフのもう一人のお師匠さんも明日に聞かねば。




Piston

・ピストン(1894-1976) 没後30年
 交響曲第2番(1943)
 M.T.トーマス指揮 ボストンso.
POCG-2986

今からもう15年くらい前に出たシリーズCDの中の1枚。ラッグルズの「太陽を踏む者」狙いで購入したことは言うまでもないが、ピストンの交響曲も、あらためて聴くと、正月に聴くには中々威勢の良い第3楽章をはじめとして、結構聞き入ってしまった。なぜかなと思うと、コープランドの第3番と違って、あの鼻白むようなアメリカアメリカした感じがない点であろうか。




Celi

・チェリビダッケ(1912-1996) 没後10年
 秘密の小箱(Der Taschengarten<箱庭>が何故この邦題に?)
S. チェリビダッケ指揮 SWRシュトゥットガルト放送交響楽団
 DG 471 612-2

録音嫌いで知られるチェリビダッケが、何故か録音した自作の小品集。際物かと思いきや、そんなことはなく、どれも愛らしく、手の込んだラヴェルを思い起こさせる作品(といっても私はラヴェルに詳しくないのだが)。ただ、オケの音が荒いのと、添えられている各曲の副題と詩が時に音楽のイメージと異なるのが難点か。




 Schelchen

・シェルヘン(1891-1966) 没後40年
 弦楽四重奏曲 op.18 (1914-5?)
 バーゼル・エラート弦楽四重奏団
 CR911-013

これは後年の指揮者シェルヘンを知っていたらかなり驚愕する作品。確かに表現主義的な響きもしているるが、作曲年代からすると殆ど19世紀後期ロマン派の世界に近い。第1楽章と第4楽章はシェーンベルクの「清められた夜」だし、第2楽章のスケルツォは殆どブルックナーの交響曲のそれでありました。なお、演奏はたるいので、ラサールSQあたりが仮に録音してくれていたら、もう少し印象が異なっていたかも。




Nordheim

・ノールヘイム(1931-) 生誕75年
 ヴァイオリン協奏曲(1996)
 P. Herresthal(vn)、E. Aadland指揮Stavanger so.
 BIS CD-1212

うーむ、ノールヘイムは好きな作曲家で、向うに行っている間もベルリンに出ては探し求めていたのだが、この30分を要するヴァイオリン協奏曲は退屈である。ベルク風ともマーラー風ともいえるのだが、起伏がなくくどいところが多い。正直お勧めできない。



MatsudairaYoriaki

・松平頼暁(1931-) 生誕75年
 Revolution-ピアノとオーケストラのための(1991)
中村和枝(pf)、大友指揮 東京交響楽団
 fontecFOCD2511

この人は御託が多いのだけれど、正直面白いと思った作品が無い。このRevolutionも一体どんな音を目指したいのかさっぱり分からないし、聴いていてその音事象は退屈である。題名の背景には、ショスタコーヴィチの交響曲第5番の第1楽章の第1主題とショパンの革命のエチュードが引用されていると書かれており、途中は引用なのか単に音程関係がそうなってしまったのか分からないものの、終わりのほうで明瞭にピアノで引用されている、それがいかにも取ってつけたような意味不明な引用なのである。R.シュトラウスの「メタモルフォーゼン」やベリオの「シンフォニア」あるいはシュニトケの幾つかの作品の後に、この程度の薄っぺらな形で引用を行なうとは情けない。全く「革命」という標題から程遠い作品。



Yashiro

・矢代(1929-1976) 没後30年
 ピアノ協奏曲
 岡田博美(pf)、湯浅指揮 アルスターo.
NAXOS 8.55535J

日本では「名曲」と言われている。主題の把握を初めとして聴いて分かり易いし、良く書けているし、聴き応えもある曲である。しかし、何回聴いてもまあそれ以上に私には引っかかって来ないし、それだったらラヴェルやバルトーク、あるいはプロコフィエフでも聞けばいいじゃん、と私は考えてしまう。凄みが感じられないんだよなあ。




Reimann

・ライマン(1936-) 生誕70年
 Nightpiece ソプラノとピアノのための(1992)
C.シェーファー(s)、A.Bauni(pf)
ORFEO C 412 961 A

シェーファーとBauniに捧げられた作品。彼女の声の自在さを聴く分にはいいのだが、作品として面白いですかと聞かれると、うーむ詩(ジョイス、歌唱は英語)と声の扱いが同絡んでいるのか今ひとつ分かりません。ピアノ伴奏は、特に左手というか低音部の動きが、詩の内容をなぞっているようにも私は感じるのだけれど。ライマンならばオペラ「リア王」が段違いに面白いです(デッカーの演出を思い浮かべながら聴くとなお良し)。




machagonny

・ブレヒト/ヴァイル  ブレヒト没後50年
 歌劇「マハゴニー市の興亡」
 ロッテ・レーニャ(ジェニー)他
 CBS M2K 77341(MONO)

ショットより出ているヴォーカル・スコアと結構違っている、というかレーニャも他の歌手も、作曲家・作詞家直伝とばかりに自由自在に歌っています(そもそもレーニャの発声は、オペラ歌手のそれと違う気がする)。そしてこのチープで猥雑で軽い音作りがこの曲に非常にあっていて素晴らしい。例えば、ヤンソンス指揮BPOの「マハゴニー市の興亡」管弦楽曲<EMI>を聴いた時は、重ったるいのでぎょっとしましたし、ニュルンベルクとドレスデンでのプロダクションも軽妙さが欠けていた。
この二人は切り離せないので、ブレヒト没後50年ということで聞いてみました。




Barber

・バーバー(1910-1981) 没後25年
 ピアノ・ソナタ op.26
M.A.アムラン(pf)
 hyperion CDA67469

正月早々に「あれ」はないだろうと思ってこちらに。保守的作曲家と言われていますけど、ゴツゴツとした感触の作品です。ホロヴィッツとどっちが良い演奏ですかと問われると、ホロヴィッツの演奏をもう何年も聴いていないので分かりません(編曲しているのかなあ?)。



さらに明日以降も続く

2006.01.01 Sun » 今年の人を聞く

新年明けましておめでとうございます。

寒いこともあり、昼過ぎから部屋で音楽三昧。題して「今年の人を聞く」。

・モーツァルト(1756-1791) 生誕250年

 交響曲第41番ハ長調k.551
 B.ハイティンク指揮 ドレスデン・シュターツカペレ
 2004年Proms Live(BBC Radio3より録音)

今年はこの人だらけなんでしょうかねえ。因みに、演奏はこの曲のベストの一つだと思うので、正規盤が出て欲しいです。




Schumann_Pollini

・シューマン(1810-1856) 没後150年
 
 ピアノ曲「暁の歌」op.133
 M.ポリーニ(pf)
 DG 471 370-2

モーツァルト生誕250年のお祭りによって非常に影が薄いシューマン没後150年。その作品の中で、影が薄い最晩年期の作品。初期にあったあり余る才気は感じられない、ある種抜け殻のような作品ですけど、味わいがあるので私は良く聴きます。ポリーニの背中越しに聴いているような録音も、作品的には吉(低音の強調度合いに少し驚く)。




Sinopoli

・シノーポリ(1946-2001) 生誕60年
 組曲「ルー・ザロメ」
 シノーポリ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団
 ルチア・ポップ(s)、ホセ・カレーラス(t)
 DG 415 984-2

生きれていれば、まだ還暦という年でしたのに。ポップとカレーラスという豪華な独唱陣を擁したベルクのオペラ「ルル」を思わせる作品。まあ、解説によると主人公のルー・ザロメに振られてヴェデキントは「地霊」を書いたというのだから、むべなるかなでしょう。


・ブリテン(1913-1976) 没後30年
 ピアノ協奏曲op.13
L.o.アンスネス(pf)、P.ヤルヴィ指揮バーミンガム市立o.
 EMI 5 56760 2

上手くCDジャケットの画像がアップできません。久し振りにこの曲を聴いたのですが、やっぱりあまりおしろい曲ではありませんでした。弦楽四重奏曲第3番にすれば良かったか。

・エネスコ(1881-1955) 生誕125年
 伝説─ピアノとトランペットのための
L.o.アンスネス(pf)、H.ハー^デンベルガー(tp)
 EMI 5 56760 2

同じCDのカップリング。エネスコだったら歌劇「オイディプス王」を聴くべきでしょうけど、あれはちと長いのでこちらで代替。しかし、どんな曲だったか既にして忘れてしまった。




Bartok_Argerich

・バルトーク(1881-1945) 生誕125年
 ピアノ・ソナタ
 M.アルゲリッチ(pf)
 EMI TOCE-55102

生誕125年ということならば、この人を忘れてはならない。弦楽四重奏曲第3番、第4番とほぼ同時期の作品。ワイルドなだけではない演奏です。




Cerha

・ツェルハ(1926-) 生誕80年
 ヘルダーリンの断章に基づく8つの楽章
 アルディッティSQ、T.カクシュカ(va)、V.エルベン(vc)
 CPO 999 646-2

1999年8月のザルツブルク音楽祭の実演で聴きましたが、バルトークのあとに聴くと、その夜の音楽の雰囲気がよーく似ていることに今更ながら気付いたのでした。そう言えば、共演しているカクシュカは昨年亡くなりましたねえ、合掌。




Nippon

・外山(1931-) 生誕75年
 管弦楽のためのラプソディ
 沼尻指揮 東京都交響楽団
 NAXOS 8.555071J

没後10年の別の方の曲を探していた時に偶然発見。そうか75歳になるのか、ならば仕方ないと聴き始めたはいいものの、早く終わってくれと願ってしまったのでした(「聴き始めたら1曲を最後まで聴く」原則を堅持しているので)。




Reich_Different

・ライヒ(1936-) 生誕70年
 DIFFERENT TRAINS for string orchestra and pre-recorded performance tape
D.ロバートソン指揮 リヨン国立o.
naive MO 782167
始まって、何故かホッとしたのでした。
弦の音に厚みが増しつつ、機動性が保たれているので私は結構こちらの版も好きです。どこかで実演してくれないかなあ。
しかし、ライヒ(ライク)も70歳とは!と、あらためて驚くのでした。




Grisey

・グリゼイ(1946-1998) 生誕60年
 Quatre chants pour franchir seuil
C.Dubosc(s)、S.カンブルラン指揮 クラングフォーラム・ヴィーン
 KAIROS 0012252KAI

この人も生きていればまだ還暦だったのにねえ。この完成した最後の作品(作曲年1997-98)は、4つの死を巡る詩─1つは現代詩、残り三つは、古代ギリシャ、エジプトの「死者の書」、メソポタミアのギルガメシュ叙事詩の大洪水の部分から取られている─による作品で、最初の現代詩「天使の死」こそソプラノの意味不明な発声や絶叫調もあり、正月早々ちとまずかったかと周囲を気にしてしまいましたけど、後は静謐で聴いた感じはかなり薄い書法の作品。とても暗い暗い曲でありました。




Kraus

・クラウス(1756-92) 生誕250年
 交響曲ニ長調
 コンチェルト・ケルン
 CAPRICCIO 10 396

明るい曲で今日は終えようと選んだのがこれ。モーツァルトと同じ年に生まれ、没年は僅か1年違いのクラウス。この曲はハイドンのパリ・セットを思わせる作風です(因みに3楽章)。

という訳で、明日以降にも続きます。まだ没後10年のあの人も、生誕100年のあの人も、没後50年のあの人も、没後25年のあの人も、生誕120年のあの人も聴いていません。こんなことでは、どこぞやから70年ぶりに「音楽のかわりの荒唐無稽」とか批判されてしまいます。
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AUTHOR : St.Ives

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