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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2006.03.30 Thu » おや?記事が差し替わっている

昨日紹介したやくぺん先生(リンク先)が、新日po.のプログラム変更に伴う幻のリードから、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲の話に変っておりました。

さすがにやばいと思ったのでしょうかねえ。まあ、昨日の部分に加えて、ブラームスにかわってプログラム的には似合いだけど、今年のテーマである「信」とどう関係あるんだとか、プレトークでアルミンクは何をしゃべるんだ、とか色々書いていたので、オケ事務局からお怒りの電話もあったことでしょう(笑)。実物を今から読みたい方は、どこぞやにあるキャッシュか米国にあると言われる保存サイトまで探しに行ってみてくださいな。


これからクセナキスのLa Legende d'eerを見て寝るつもりのSt.Ivesでした。サラウンド・システムを揃える誘惑に駆られるなあ。



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2006.03.29 Wed » 新日po.のプログラム変更 後日談?

ブゾーニのヴァイオリン・ソナタを聴きながらのSt.Ivesです。


さて、先日、新日po.の曲目変更について書いた際のコメントで、解説はどうなったのだろうかという話をちょこっと書いたところ、ご存知「やくぺん先生」にリード部分が掲載されておりました。結局、無駄になったわけで、差し替えになったということですね。しかし、もっと興味深いのは、

>どうしてそうなったかなどは、小生が伝えることではありませんので、記しません。ともかく、可能性があると執筆時から囁かれ、絶対に洩らさないように、でもともかく当初の予定で曲解を書いてくれ、と言われていた事態が起きたわけですな


という部分の記述でしょう。なんだこりゃ?という感じ。これじゃあ、耐震偽装マンションだと分かっていながら顧客に引き渡したヒューザーと同じことを新日po.は定期会員に対してしたんじゃないか?という感じ。出来んもんは初めから出来んので取りあげずに、出来ることをプログラムに取り上げて欲しいもんです。こちらは定期会員だったとしても同じ日に他に聴きたい演奏会があれば、そっちを選んでチケット購入大作戦を練るので、こういう不誠実なことをやられるのはとっても迷惑であります。

ということで、新日po.の来期の定期会員更新はしないことにしました。

2006.03.27 Mon » 「事情をご理解いただきますように」って何?

帰宅したら、新日po.から葉書が来ていた。4月14日、15日の曲目変更であった。

当初は、

B.A.ツィンマーマン:1楽章の交響曲
シューマン:ヴァイオリン協奏曲
ヒンデミット:交響曲「画家マチス」

であったのが、

ブラームス:悲劇的序曲
シューマン:ヴァイオリン協奏曲
ブラームス:交響曲第4番

と(気分的に)100万光年もかけ離れたプログラムに変わった。

変更理由は単に「指揮者の要望により」とだけ書かれており、最後に「事情をご理解いただきますようにお願い申し上げます」と書かれている。どうやってこれだけで事情を理解することが出来るのだろうか、顧客をバカにしているとしか言い様が無い。こんな言葉でハイハイというそんな従順な消費者は20年以上前に絶滅したことにオーケストラ事務局は未だ気が付いていないようである。

このプログラムはアルミンクが振る予定であった、つまり彼自身が希望して年間プログラムとして決定された。それがここに来て急に変更を希望するならば、その理由を書かねば事情もへったくれも分からないではないか?

また、ブラームスの4番は名曲かもしれないがあまり好きではなく、正直に言えば、新日po.の薄い弦で聴きたいとは思わない。

さらに、この日はN響がデュトワ指揮、アンデルジェフスキーのピアノでモーツァルトのPf協20番とシマノフスキの交響曲第4番を、BCJがマタイ受難曲(初期稿BWV244b)を取り上げるというのに、それらを諦めて休みの土曜日にこのプログラムを選んだというのに、一体全体どうしてくれるんだという気分である。

という訳で、私は「事情を絶対に理解しない」。新日po.には、現在のオケの能力ではとても演奏できない、著作権料が高すぎてペイしない、指揮者が勉強不足だった、etc.といった背景説明をきちんとしてもらいたいものである。

2006.03.26 Sun » 「賛歌」

と聞いて、メンデルスゾーンね、と思ったあなたは結構な愛好家であります。

さて、その「賛歌」をライプチヒ・ゲヴァントハウスとシャイーがお披露目CDで出していたので、購入。シャイーはLPOとも大昔に録音しておりましたので、それとの聴き比べも楽しみと、聴き始めて、あっ、音が違う、カットしている、で慌ててブライトコプフの楽譜(PB5351)を開いたところ、6小節目、トロンボーン(牧師さんかね?)のテーマにオケが応え(会衆というところか)、再びトロンボーンが応唱、その時のレー、ドーレ、♭シーー♭シッ、ラーソーレーーの「ラーソーレーー」がどう聞いても「ラーーレーー」に聞こえる、さらに応唱するオーケストラの和声も違う感じ。

これは一体どうなっているのだ?と思って聞いていたら主部に入る直前の最後の2小節がカットされていまして、さらに進むと大幅なカットが出現。ここでいったんCDを止めて、他の「賛歌」も実はそうだったかもと聴き比べ。
しかし、サバリッシュ指揮BPO、アバド指揮LSO、シュペリング指揮ノイエ・オーケストラ、そしてシャイー指揮LPOもほぼブライトコプフの楽譜どおりでありました(サバリッシュは主部の最初の音を、序奏最後の音として思いっきりフェルマータをかけていまして、久し振りに聞いて違和感アリアリでした)。

ノリントンはどうだったかと思ったら、まだ録音してないようで、うーむ、と思って楽譜を読むと、序文に1840年の初演の出来に満足しなかったメンデルスゾーンは改訂に精を出したと書いてあったので、もしやとCDの解説書を読むと、なーんだ初演版ってかかれているじゃないか。ということで、昨日に続き、CDの解説書は馬鹿にせずにとりあえず読みましょうという教訓であります。ただし、細かい異同についてはあまり書かれていませんでしたけど。

さて、改訂前後ではどちらが良いかというのは難しいところがありまして、例えば、第1部のシンフォニアでは、改訂版では演奏によっては冗長かと感じるところがありまして、これは「イタリア」でも改訂版(ガーディナーやアルブレヒトで聞けます)で感じたところですが、サバリッシュで重くても、シュペリングでは軽やかに切り抜けているので、良いかもと思い、結局、まあ、シベリウスの5番同様にどちらも楽しみましょうというのが私のスタンスです。

因みに、演奏は、もう少し木管が浮き上がって、対抗配置の妙味があればなあ(ライブ録音の制約か?)というきらいはありますが、独唱を含めて上記のCDの中ではベストだと思います(ドホナーニ、マーク、カラヤン、へリングの演奏は未聴)。



これからアルテミスSQとアルバン・ベルクSQの二人によるカプリッチオとベルクのソナタを聴く予定。この両団体合同のメンデルスゾーンの八重奏って出ないもんかねえ。

2006.03.25 Sat » ニューヨークのフランス人

世の中にはいろんな曲があるもんだ、と思ったのがミヨー作曲の「ニューヨークのフランス人」。ガーシュイン生誕65周年記念でRCAから委嘱を受け、フィードラー指揮ボストン・ポップスで初演&録音された、とタワーレコード企画によるCDの解説には書かれておりました。

6曲からなる組曲で、全体は26分ほど。各曲の標題はこんな感じ。

1.ハドソン河上の霧のニューヨーク
2.修道院
3.セントラル・パークの馬車
4.タイムズ・スクエア
5.屋上庭園
6.ヤンキー・スタジアムの野球

面白そうな標題で、特に6曲目の「ヤンキースタジアムの野球」なんかどんな音楽だろうか、と野球ファンでもある私はとても心躍ったのでした。

フィードラー指揮ボストン・ポップスの録音はこの曲の前後にガーシュインの「パリのアメリカ人」と「ラプソディ・イン・ブルー」を収録しているので、「屋根の上の牡牛」や「世界の創造」のような楽しい曲だろうなあ、きっと委嘱先のRCAも同じように期待しただろうなあと聴き始めたら......うーむ、ポピュラリティ獲得には極めて難しい曲でありました。

「タイムズ・スクエア」や「ハドソン河上の霧のニューヨーク」については、まあ南仏プロヴァンス人にとってのニューヨークの印象はこんなホラー映画っぽいものとかゴチャゴチャしたもんだったんだろうなあと思うのですけど、最後のはどこが野球なのかね?フーガにしているのは、表裏の守備と攻撃から思いついたのかな?それだったら、9つの音符からなるテーマにするとか、もう少しスリリングかつパワフルでスピーディーな作品にして欲しかったなあ。やはりフランス人には野球は無理か。


という訳でプロ野球も開幕。

2006.03.23 Thu » ○年目の真実

「そう言えば、ブラームスの室内楽のCDは何を持っていたかなあ、そうだ全てiTunesに格納しよう」と、まずはラサールSQによる弦楽四重奏曲のCDから開始。

当時としては廉価盤(2200円)で出た国内盤をパソコンに入れた際に、解説書がばらけて、「ふーん1番てそういう曲だったのか、あれ?これ3番のCDの解説書のはずなのに」。解説書を取り間違えたかと思いきや、表にはばっちりと3番(+ヴォルフの作品)の表記。1番、2番の解説をひらくと、そこには3番とヴォルフの解説が!再び3番のCDの解説をよく読むと、第2番のフィナーレの解説が、ページをまたいだ瞬間に、大きく変っていた。こんな感じ。



フィナーレのアレグロ・ノン・アッサイはハンガリー民謡を思わせる陽気なシンコペーション(中略)再現部のあとのエピローグでは主要主題もわずかに回想されるが、生気に富んだ終結のストレッタが

(ここでページが変る)

のヴァーグナー的象徴--贖罪と救済--が、最後の回復をもたらした、と考えるならば、この終楽章は明るく、確信に溢れたもので良いはずだ。



おいおい、という感じ。この後で、ヴォルフの名前が出てくるので、例え初心者でもおかしいと思うだろうけど、そうでもなかったならば、「そうかブラームスはヴァーグナーの影響を受けたのか、しかしこの楽章のどこに贖罪と救済があるのだろうか、ハンガリー民謡ってそうなのかなあ?」ということになったかも。


因みに、ヴォルフの解説はこうなっておりました。

終曲ゼーア・レープハフト(ひじょうに生き生きと)は、先行楽章での心理的深さや表現的豊富さから後退しているかのように思われる。反面、音楽は親密な情感にあふれ、4つの声部も均質に融和している。第3楽章で

(ここでページが変る)

全曲を一気呵成にしめくくる。




すいません、第4楽章の話をしているのに第3楽章で一気呵成に終わるってどいうこと?ともかく、購入して少なくとも5年以上経ってようやく気が付いたのでした、なんせ泰西名曲のCDの解説なんぞ読まないのでねえ。





先月号のBBCマガジンの付録のアイスラーの小交響曲(イラン・ヴォルコフ指揮BBCスコティッシュ響)を聴きながらのSt.Ivesでした。

2006.03.21 Tue » 2005年2月27日 アムステルダムのソコロフ

2005年2月27日アムステルダム・コンセルトヘボウでのソコロフが弾くシューベルト(D.959)とショパンのリサイタルを再び聴けるとはと思ってもいませんでした。

オランダのネット・ラジオが放送しており、ラトル&BPOの「星尽くし」コンサートをぶっちして録音。96Kbなので、音の魅力は落ちますがあの晩をしみじみと思い出しながら聴きました。

因みに当初の予告は、ソコロフの今年のプログラムである、D.959とシューマンの1番ソナタで、彼がどう弾くか興味がありましたが、自分もいたコンサートを再び聴けるのも非常に嬉しいことです(ガーディナーのように会場売りのライブCDが出たら即買いしていたでしょう)。

しかし、在英3年、最初の年が86回、2年目が144回、3年目は数えていませんけど多分180回くらいオペラ、コンサート、リサイタルに出かけましたけど、帰国後は月に1回か2回、オペラにいたっては、コンサート形式を入れてこれまでで2回、3回しか行っておらず、「ぶらあぼ」の海外公演欄を読む度にため息が出る今日この頃です。バービカンやパリ・オペラ座、ENOから来年の案内が届いておりました。「中国のニクソン」@ENOが見たいなあ、あっ、ロンドンの知り合いにターフェルの歌うオランダ人@WNOの録音を頼んでおかねば。



明日は彼岸の中日なのでお墓参りをする予定。

2006.03.18 Sat » プロコフィエフの交響曲第3番

3月18日(土) すみだトリフォニーホール

ペドロ・ハルフター指揮 児玉桃(ピアノ) 新日po.

アルベニス:組曲「イベリア」より「港」
プーランク:ピアノ協奏曲

プロコフィエフ:交響曲第3番

前半はダメダメな演奏であった。特にプーランクは全く軽妙酒脱なところが無く、がさつで細部がべったり塗り込められたボケた演奏であった。ピアノも色気が全くないし、音が汚く、退屈して途中でしばし寝てしまった。

これは来て失敗したかなあと思っていたところ、後半のプロコフィエフの交響曲第3番は驚くほど素晴らしい演奏であった。

第3楽章の分奏されるグリッサンドこそあまり効果的には聞こえなかったが、プーランクを弾いた同じオケとは思えぬほど細部も丁寧で楽器間のバランスが良い。弱音部の制動がしっかり効いているので、狂騒の部分が非常にくっきりと出てくる。また、耳はヴァイオリンやフルート等の高音域の旋律に偏りがちになるのだが、それをしっかり低音から中音域の伴奏がしっかり支えていることが感じられる(各楽器群の細かいモチーフが綺メインの旋律の背景にきちんと折り重なっているのが聞こえる)。
テンポについても、大きく振幅させることはないものの、心地よい若干速めのテンポ(シャイー盤対比)で、ノリよく、しかし繰り返しになるが細部を疎かにせずに進む。

という訳で、思わぬ拾い物のコンサートであった。もっとも、隣りや前の席の子供は退屈していた。お嬢ちゃんたち、そんなことでは今夜「火の天使」が出て眠れなくなるよ、と思いつつホールを出る。

その後、新宿で買い物等をして帰宅し、クセナキスのシナファイを聴く。全く楽譜を追いかけられなかったのだった。

2006.03.14 Tue » 「ヴォイニッチ写本の謎」読了

という訳で、読了。奇妙奇天烈な解読不能の文字と絵で構成された本を巡る人物や歴史の本でありました。当然ダ・ヴィンチの名前もちらと出てきますけど、彼と同じくらい変っていたロジャー・ベーコン(シェークスピアの真の作者であるフランシスではない方)とディー、そして暗号が主役の本でした。

この写本の挿絵を見てパッと思いついたのは、オリバー・サックスの「偏頭痛大全」(早川書房)で紹介されていたヒルデガルト・フォン・ビンゲン、史上最初の名前が分かっている作曲家の描いたイメージ図。本書でもそういった偏頭痛持ちの人の作品の可能性にも言及されていたのでした。

なお、イェール大学の図書館のウェブでもカラー写真が公開されているので、ご興味がある方はごらん下さい。


ここ

特に1006196あたりからが素っ頓狂な絵が見れます(多くの植物の絵も変ですし、文字もおかしいのですけど)。

さて、この本の終わりのほうに、これに基づいて作曲した人がいるというので、どんな素っ頓狂な作品で、そんなもの聴けないだろうなあと思ったら、おなじみのレーベルが出していました。

ハンス・ペーター・キュブルツ
混声合唱とオーケストラのための「ヴォイニッチ・サイファ写本」

KAIROS 0012152K


どんな作品かは同書によると、以下の通り。

「ある批評家によれば、彼は『コードをとこうとする学者達の試みに由来する数字の列と、またチュレブニコフによる「未来古代的」「星の言語」の詩をならべる』。とはいえ、水の流れる音とか、女声合唱により化け物じみた甲高い叫びのような声は彼の独創ではない。先の批評家によれば、『これは合唱と器楽のアヴァンギャルド的コラージュの典型であって、その純然たる音が魅力的であると同時に、間違いなく聴く者を当惑させることを意図している』」。

そうであります。

週末に新日po.のコンサート(この写本に相応しいプロコフィエフの「火の天使」に基づく交響曲第3番です)の帰りにでも探そうかなと思いつつ帰宅してみると、楽譜がベルリンのRIDELから到着しておりました。ベルリンに行く度に寄っていた店に遠く日本から簡単に楽譜を注文出来るようになったとは、と感慨にふけりつつ、店頭に行かないとダラピッコラの「夜間飛行」や「ウリッセ」の楽譜は買えなかったもんね、とも思うのでした。

「楽譜なので取り扱い注意」と書かれた油紙で丁寧に包装された小包を開けると、楽譜の角が折れないようにプラスチックが当てられていました。素晴らしい、これまでこんな風に丁寧な梱包をした楽譜店はありません。

そしてシュナーベルの交響曲第2番の楽譜が登場。探し始めて早10年、ようやく入手出来ました。実に分厚いなあと思ってその下にある楽譜を見て、「あちゃー」。

またもやシュナーベルの弦楽四重奏曲第5番のパート譜でした、こんどこそ間違いなくスタディ・スコアを頼んだはずなのに...。弦楽器の類は全く弾けない上に、パート譜が2セットあってもしょうがないしなあ。

ほかにもダブった楽譜が幾つかあるので年度末大処分といかねば。


これから戦う書評家豊崎由美の「そんなに読んで、どうするの?」(アスペクト)を読み始める予定。日本の各文学賞をぶったぎったように面白いことを期待。

2006.03.12 Sun » ダ・ヴィンチ・コード

ここんとこ、忙しくてN響(8日)、名フィル(10日)そして本日のオーケストラ・ニッポニカのコンサートにも行けなかったのは、かえすがえすも残念でありました。


昨日はピアノの調律をしてもらいまして、ド素人が聴いても音が整ったなあと感じるのでした、だからといって上手く聞こえるようになるわけではないのですけど。


さて、今日の通勤の行き帰りと、帰宅してからの約4時間で「ダ・ヴィンチ・コード」を読了。確かローマからロンドンに帰る飛行機の中だったかと記憶していますけど、隣席の若いあんちゃんが飛行機が飛び立つ前から読んでいて、その後うとうとして寝て、ロンドンに着陸する直前に目が覚めたらまだ読んでいたのを思い出しました。確かに読み始めたら止らない「ジェット・コースター」的な展開であります。

内容的に当初は、ウンベルト・エーコの「フーコーの振り子」のようにあまりにマニアック過ぎて挫折となったらどうしようかと思ったら、幸い「薔薇の名前」程度には馴染み易かったです(「あー、あそこだ」と土地勘がきく話でもあったし)。

なお、盗作として訴えられているらしいのですが、うーむ、「レンヌ・ル・シャトー」の焼き直しと言えばそれまでだけれど、あちらが(一応)学術書ならば、こちらは同じテーマの知識を小道具にした娯楽小説だからなあ。


という訳で、これから「ヴォイニッチ写本の謎」(青土社)に取り掛かります。この誰にも読み解かれない謎の本の内容は、きっと「マクロプロス家の秘密」が書かれているに違いないと私は思うんですけどねえ、プラハのルドルフII世の所有物だったというし。

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St.Ives

AUTHOR : St.Ives

No hay caminos, hay que caminar...

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