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気がついたら時計の針が7時半を回っており、サントリーに行かず。さらばダルバヴィ!
なお、日曜日の芥川作曲賞には行きまして、審査過程を楽しみました。色々と面白い発言がありましたが、中でも傑作だったのは、司会に促されて推薦作品を挙げる際、細川俊夫が「分かりません。(しばし沈黙)糀場さんには尾高賞を、河村さんと藤倉さんには芥川作曲賞をあげたい」というものでした。三者三様の作風と若い二人に対して五十代の糀場、賞の性格等で悩んだのは分かりますけど(かつ何となく「尾高賞」に納得してしまったのですが)、別の賞をあげたいという審査員は初めて見たのでした。 これに対して、糀場作品の受賞決定後、湯浅譲二「私は何度か尾高賞をもらっていますが、芥川作曲賞の方が良い作品が多いですよ」と発言し、さらに司会の佐野光司が「審査員が違いますからねえ」と続けておりました。この二人は尾高賞の審査員には選ばれていないということですかね。 もう一つは、審査の過程で江村哲二が、糀場作品に対して「非常に好きなんだけど、未来の作品ではなく、過去の作品を聞きたいと思わせてしまう」と後ろ向きの評価。これに対して受賞後の糀場が、「50代ですけど、江村先生がこの先の作品も聴きたいと思えるような作品を書いていきたいです」と抱負を述べると、江村は恐縮。さらに追い討ちをかけるように、佐野光司が「フランクも傑作は五十代からですし、いまや人生は七掛けですので、糀場さんはまだ35歳位ですよ」と述べていた(ということは、佐野も40代から50代でまだまだやるぞ!ということか?)。 ちなみに三作品についての私の評価は、審査員の言葉の抜粋かつ不正確な引用で。 河村真衣(1979年生) 闇に沈んだ海 湯浅:この年でここまで書けるとは素晴らしい才能、耳を持っている。しかし、若い人にありがちな上から下までびっちり書き込んでしまっている弊がある。現代の学生は、ドビュッシーの「海」だけでなく、ウェーベルンの12音を採用する直前の作品の簡潔さとか、ストラヴィンスキーの楽器の用い方、実に上手い、も勉強したほうが良い。 細川:新ロマン派と呼ばれた作曲家たちよりも書けている。しかしスタイルは古く、いつの時代の作品かなと思う。最後には高級な映画音楽のようになってしまうのが危ない。 糀場富美子(1952年生) 江尻:非常に大好き。選びに選んだ、聞こえる音を取っている。 湯浅:初めて彼女の曲を聴いたが、本当に簡潔な形で書かれている。オーケストレーションは常道を取らず、譜面上も見た目は音が少ないが、十分に書かれている。 細川:初めて聴いたが、一番心を打つ作品だった。簡潔である。全体の構築も良い。あまりにも良く出来ている。 藤倉大(1977年生) ストリーム・ステート 細川:エクリチュールと音響のコントロールは抜群だ。欧州で高い評価の彼を芥川作曲賞でどう評価するかが問題だ。サントリーでの音響は上手くいっていないのではないか。ベルリンでも聞いたが。因みに私は彼のトロンボーン協奏曲を推したが、エレクトロニクスの関係でこっちが候補作品になってしまった。 江尻:サントリーでの演奏に際して音響が上手く行ったかは分からない。作曲家を刺激する作品だ。しかし、彼の作品というよりはブーレーズ・スクールの作品という感じがする。 湯浅:技術と才能を持っている。前二者に比べるとUp to Dateな作風である。ただ、新しい作品を評価する時、私はクリシェに満ちているかどうかを基準としている。現代の作品でもクリシェがある。もちろんクリシェに満ちていても、私をどこかに連れて行ってくれる推進力があれば良いが、これはブーレーズ・スクールの最優秀生としか聞こえなかった。 なお、2年前の受賞作品の作曲家三輪眞弘の「弦楽のための369、B氏へのオマージュ」は、中沢新一の小説までついたプログラムでしたけど、「虹の それにしても、ラトルの「惑星」が売れているらしいです。東芝EMIは1万枚の在庫が捌けて、さらに1万枚のオーダーが来ているとのことで、結果的に良い宣伝になったわけですな。 もっともNewsweekによると、発見者であるトンボー(1906-1997)の93歳になる奥さんは今回の冥王星が矮惑星に降したことについて、正直に残念がっていた。生誕100年記念の年に何故この仕打ちというかんじもありましょうしなあ。なお、彼の遺灰は今年発射された冥王星探査機ニュー・ホライズンズ(何となく懐かしい名前だ)に乗って、2015年に冥王星まで10000キロの地点に到達。その後、7人以上はいそうなドワーフ達を掻き分けて宇宙のかなたに向かう予定だそうです。 明日は絶対に「光の波」、「精霊の踊り」、「沈黙の花」を聴きに行くぞ!と思って津田ホールのHPで演目を確認したら、「光の波」はあったけど、細川は「花の妖精」だし、ラッヘンマンではなくてベートーヴェンの「大フーガ」であった。ちょっと残念。
どうも、ここ2日程コンサート後に食事したり、飲んだりして帰りが遅かったのでサボっていましたが、引き続きサントリー・サマーフェスティヴァルに通っています。
24日 音楽の現在─海外の潮流─ 室内楽 ユンファ・チョウ 直示 スンヨン・パク あなたの言うままを口真似します デヴィッド・ホーン 破砕した楽器 リイカ・タルヴィティ 蜘蛛の巣の向こうに エドワード・トップ 射祷 フィリップ・マヌーリ 驚くべきアイディンティ 指揮:板倉康明 ハープ:木村茉莉、ギター:鈴木大介、チェロ:アデル亜貴子カーンズ 演奏:東京シンフォニエッタ マヌリ(1952年生)以外は全員70年代生まれ。最初の二人は韓国人の女性で、来日していてプレ・トークがあったが、正直言って、韓国語の通訳を挟まずに、司会の岡部氏が英語かドイツ語で尋ねて、それに答えてもらったほうが分かりやすかったと思った。 さて、岡部氏に「ドイツ的」と評されたチョウとパクの作品は私は結構気に入ったのでした。特殊奏法を交えながら、音が(特にピアノを交えることで)垂直に切断されつつ進む「直示」(言語学の用語だが、正直分かりません)。一種の変奏曲だと解説に書かれており、聴いているとそうかなあという感じもするが、それよりも音の組み合わせと進め方が気に入った。この点はパクの作品も同じだが、こちらの方がより聞いた感じが柔らかいこともあってか、拍手が多かった(私はチョウの方が良かったと思うけど)。 続くホーン。経歴(英国出身etc.)を見て、「これは...」と思ったら案の定アデス&タネジの中間線、ただし作品がハープ中心でより繊細に音を編んでいくというもの。上手いとは思うけど、前2者の後だとちょっと退屈したのでした。 タルヴィティ。うーむ、大雑把に言って、コード鳴らしているギターに無調っぽいチェロ(でもだんだん旋律化)という、楽器固有の音色も含めて、サイケデリックな対比に私には聞こえて、違和感大有り。体感する演奏時間が長いので最後は、こんなものかと慣れてしまったが、箸休めなのかな? トップの「射祷」。解説によると「射祷」とは「短い祈り」という意味だそうで、三省堂の新明解(第4版)や辞林21には載っていませんでした(というより読みは「しゃとう」なのか「いとう」なのか「しゃじゅ」なのかいまだに分からない)。 さて、曲名とはまったく異なる連想が聴いていて私には働くのでした、酔っ払いたちが大騒ぎして、時々皆でいっせいに「そうだそうだ」と頷いて、酔いが回ってろれつが回らず段々眠る奴も出てきて、最後に「帰るぞ!」「おー」と盛り上がって終わる、というもの。木管五重奏ということもあり、音色的にもユーモラスで、聴いていて面白かったのでした。 最後のマヌリ。上手いとは思うけど、隠れた引用(特にストラヴィンスキー的リズムと80年代以降のブーレーズ的色彩感)が耳につくし、隠れていない引用(ルルのテーマとか、意図したかどうか知らないけど第1曲最後のブラ4の第1楽章のテーマっぽいのも気になったなあ)、特に最終曲の盛り上げ方はノタシオンIIを思い起こさせてしまうし(あれ自体が何でブーレーズが?と思うのだけど。ルー・マルトーはいずこに...)。卒ないけど、それで何でしょうかという感じは、マヌリの過去の作品(といってもCD数枚分)についてもそうだけど、思うのでした。 なんというかフランスの作曲家あるいはIRCAMにいた作曲家の多くが、音色(操作)の海に溺死してしまっているような気がするなあ、という考えを強めてしまったのが25日。 25日テーマ作曲家 マルク・アンドレ・ダルバヴィ リンドベルイ:彫刻 ダルバヴィ:ピアノ協奏曲 ヤナーチェク:霧の中で 第4曲 ダルバヴィ:ヤナーチェクの作品によるオーケストラ変奏曲 ドビュッシー:海 指揮:マルク・アンドレ・ダルバヴィ ピアノ:レイフ・オヴェ・アンスネス 管弦楽:東京フィルハーモニー管弦楽団 「なんじゃこりゃ」、「誰がよんだんだ!(湯浅だけど、22日のレクチャーで会ったのは10年ぶり、その間の作品は聞いていないとかのたまっていた。おい、責任者がそれでよいのか!)」の連続であった。 リンドベルイ:単一の(詰まらない)モチーフをド派手なオーケストレーションで25分近くまで引き伸ばしただけの作品(それはそれで立派である。現代のリムスキー・コルサコフと認定)。パイプ・オルガン(鳴っていたのか分からないほど目立たないのだが)、2本のワーグナー・チューバ(ホルンも持ち替え。でも必要性はあるのか?)、2台のピアノ(時々聞こえた)、多数の打楽器と金管楽器主体の豪華絢爛さは、偉大なフランク・ゲーリーの建築物ではなく、丹下による東京都庁の誇大妄想的な無意味さこそ相応しい。 ダルバヴィのピアノ協奏曲。昨年のPromsで初演。うっかりロンドンの知り合いに録音を頼むのを忘れていたが、テープが無駄にならなかったことを神に感謝しよう。 全体は大まかに3部に分かれると聴いた(ただし第3部は短いけど)。第1部のアイデアは下降する和音、そしてそれを分散してスケール化して、早回しのテープを聞かせるようなピアノのモチーフを延々と繰り返し、それをオケで盛大に鳴らしていくもの。スペクトル楽派は単に音を垂れ流しているだけという批判があるが、この作品については返す言葉が無い。 第2部は、長い休止の後、第1部で何回か出てきた「叙情的」なモチーフをたらたらと繰り返していくもの。カデンツァっぽい部分もあり、その後第3部で第1部の「アイデア」が若干再帰してフィニッシュ。 アンスネスのために書いたとのことだが、アンスネスに弾いてもらうまでもない、というよりこんな曲弾くヒマがあるならば、魔術的な演奏であった「展覧会の絵」を録音して欲しいよなあ、シューマンでも良いけど。 ダルバヴィ:ヤナーチェクの作品による変奏曲。価値があるとすれば、原曲をアンスネスが弾いてくれたことか。 変奏曲と名づけているが、どこが変奏曲?という感じ。原曲をそのままオーケストレーションしただけと言っても良い。「霧の中で」の特徴的なモチーフを繰り返し繰り返しオーケストラでぼやかしつつ重ねていくのだが、音を濁らせない点はさすが音響分析の専門家と感心した。 ただ、似たような作品は当の昔にあるわけで、聴いている間中ディーター・シュネーベル(1930生)の「シューベルト・ファンタジー」(1978年作曲、1989年改訂)とか、Mahler-Moment(1986年作曲)を思い出してしょうがなかった。ノー・アイデアなので、昔のアイデアを借用してオーケストレーションで勝負したということか。 ドビュッシーの「海」の演奏は、ブーレーズの弟子らしい空手チョップが見れたなあという感じ。取り上げる必然性が感じられなかったし、演奏も、大して海を聴かない身にも、音響のバランスや音色への配慮が無いなあという感じ。 30日の室内楽には行く必要が無いことが分かったと言う知り合いが多かった演奏会。 26日 あるパトロンの肖像 パウル・ザッハー生誕100年記念 室内楽 パウル・ザッハーを讃える12のチェロ独奏曲より ベリオ:言葉は消える ブリテン:ザッハーの主題 デティユー:ザッハーの名による3つのストローフ ホリガー:弦楽四重奏曲 ヴェレシュ:弦楽のための4つのトランシルヴァニア舞曲 ストラヴィンスキー:弦楽のための協奏曲ニ調(バーゼル協奏曲) 指揮:佐藤紀雄 演奏:フェスティヴァル・ストリングス 開演前に、指揮者の佐藤氏が登場して、解説にこだわらずに聞いてほしい、特にホリガーの曲の流れに沿った解説を後追いするような聴き方はやめて欲しい旨の挨拶あり。しかし、解説抜きでホリガーの弦楽四重奏曲が圧倒的でありました。 ホリガーの作品はライヴ、CDを通じて初めて聴きましたけど、圧倒的でありました。さまざまな奏法による多彩な音響(まともな普通の弦楽器の音こそ無かったような気がする)や、多分偶然性も取り入れつつ、密度の高い音響が、どういう構成かは分かりませんが30分を大きく超える間、渦を巻きつつエネルギーを失っていく。最後は、各弦楽器奏者が寝ているかのような格好で息をし、それが止まると静かに舞台を立ち去り終了。ホリガーにこんな曲があるとは知りませんでした。 さて、最初の3曲とベレシュの曲ですが、正直印象に残っていませんので割愛。最後のバーゼル協奏曲は、私は残響たっぷりの光り輝くカラヤン盤をDGから20世紀クラシックとしてCD化されて依頼愛聴していて、「うーむ、違い過ぎる」と思って聴いておりましたので、感想は書きません。 明日は芥川作曲賞。30日も、「ダルバヴィとは今生の別れだねえ」と、一応聞きにいきます。アルディッティSQは無事に来日しているのだろうか?「精霊」と「光の波」を聴きにいくつもりなのだが。
昨日は書き忘れたが、国立科学博物館、国立西洋美術館、上野動物園をはしごして、ダルバヴィのレクチャー@サントリー・ホールに出かけた。ブーレーズについてチクリチクリと刺していたのが印象的であった。
今日はサントリー・サマー・ファスティヴァルの「音楽の現在」の大ホールの日。昼間、ほぼ12年ぶりに1923年時点のシェーンベルクの状況を扱ったドキュメント・ドラマ「戦いの日々」のビデオを見たが、「未来の音楽がこんなに悲惨ならば死んだほうが良い」とかいうシェーンベルクに対する当時のコメントを流していたことを思い起こしてしまった。 (因みにこのドラマ、ベルク、ウェーベルン、アイスラー、ココシュカ、アルマ・マーラー、エゴン・ヴェレス、ツェムリンスキーそっくりさんのオンパレードに加えて、シェーンベルクのナレーションはドイツ語がかった英語とかなり凝っております。またティルソン・トーマス指揮LSOの「グレの歌」、ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタポランの室内交響曲第1番、ピエロ、O.ナッセン指揮の「期待」とかの抜粋も聞けます)。 さて今日の4作品は、一体どうだったんでしょうかねえ?これが現在の音楽を代表しているということなんでしょうかねえ?まあ、昨日のダルバヴィの言葉(というよりニーチェの言葉か)をもじれば、その作曲家の作品に慣れ親しめば、作品における論理や感覚をそれとして受け入れられるのでしょうが、いかんせん今日の4作品をそれだけを聞いては分からんものもあったし、「私には理解できないが、きっと正しいのだろう」とまでは感じることもなかったのでした。 順番を逆にたどると、最後のマンゾーニ「諸相」は、最初こそ期待したけど、最終的にはオケを盛大に鳴らしたり静めたりの繰り返し(ある意味聞いたことのある範囲でのマンゾーニ風)で、何だこりゃという感じ。 OLTの「黄昏の私の空に」も、ブーレーズとにっこりのCDジャケットはともかく、表現主義的な作品で、まあ特段これを聴かねばという気にはさせませんでした。CDも聴いていないなあ、15ポンドもしたのに。 レンツの「星」は、ヴィオラ独奏は結構気を惹いたのですけど、最初の長い休止までで十分じゃない(あの長い休止と、その後繰り返される休止の意味が分からんかった。シベリウスやハイドンの向こうを張ったとは思えんしなあ)。 ブランクの「集団移住」に至っては、作曲家のトークの最中に聞く前に気分が悪くなり(話の中身とかではない)、巨大なアルト・フルート(バス・フルートじゃないよね?)の旋律が流れる中、意識が消えていったのでした。申し訳ないアナン事務総長(この作品を捧げられている)。 と、散々な気分で帰宅してみると、そんなこんなを吹き飛ばすような大事件が! 「太陽系の惑星数1減」 なんと冥王星が惑星からも落選してしまうらしい。3増だったはずなのに!早まったホルスト協会も、「冥王星」を作曲したマシューズもがっかりしていることであろう(多分)。 明日は「音楽の現在」の室内楽編。70年代生まれの作曲家4人にマヌリ(50年代生まれ)という組み合わせに、ちょっと眩暈(私より若い人の方が多いということで)と期待が。
暑いし、どこに行く当てもないので連日家でCD三昧。偶然に任せてCDを選ぶのもだんだん嫌になったが、かといってプログラムを組んでぎっちりと管理するのも面倒なんで、一定のルールで偶然を管理しよう。
ルールその1:エア・チェック・テープから起こしたCDをまず聴く ルールその2:そのCDに収録された作曲家の別の作品を1曲だけ聴く。 ルールその3:ルールその2で聞いた作品の演奏家(or団体or指揮者)が演奏した他の作曲家の作品を1曲だけ聴く。 ルールその4:ルールその2に戻る、以下繰り返す。 ルールその5:同じ作曲家、演奏家(or団体or指揮者)を2度聴かない。 ルールその6:特定の作曲家の任意の作品および特定演奏家(or団体or指揮者)の任意の演奏を必ず聴く。 ルールその7:最後に聴くCDの曲と演奏家をあらかじめ指定する。 ルールその8:一定の時間内に所定の条件を満たして聴き終える。 とりあえず、しょっぱなはハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデンによるモーツァルトの41番。指定作曲家をクセナキス、指定演奏家を指揮者のジョナサン・ノット、制限時間を夕ご飯の催促までの約5時間、ゴールをラルキブデッリによるメンデルスゾーンの八重奏曲として開始。 ![]() こんなCDは当然無く、自分で作ったものであります。前にも書いたのですが、モーツァルトの41番としてはベストの演奏だと思います。いずれBBCレジェンドで出ると思うのですがねえ。 モーツァルト:交響曲第41番 ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン ↓ ↓ モーツァルト:交響曲第40番 アーノンクール指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ . ![]() 40番としては好きな方の演奏なんですが、第4楽章のテンポ変化だけは納得がいきませんねえ。 モーツァルト:交響曲第40番 アーノンクール指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ ↓ ↓ バルトーク:弦楽、打楽器およびチェレスタの為の音楽 アーノンクール指揮 ヨーロッパ室内o. ![]() もっとも面白くなるかと思いきや、意外に詰まらない。オケのせいか指揮者のせいか?ともかくこれで近現代に移行できたので、クセナキスも視野に。 バルトーク:弦楽、打楽器およびチェレスタの為の音楽 アーノンクール指揮 ヨーロッパ室内o. ↓ ↓ バルトーク:弦楽四重奏曲第4番 アルディッティSQ ![]() これを聴くとあんまし上手く思わないのだけど、ちとタルくないか?もっとも、次の曲を聴くとそんなことは無いので、アルディッティは泰西名曲ではいま一つ気分が盛り上がらないのかも。 バルトーク:弦楽四重奏曲第4番 アルディッティSQ↓ ↓ フランチェスコーニ:弦楽四重奏曲第3番 アルディッティSQ ![]() 音が面白く、エネルギッシュで密度の高い音楽が22分間にわたって繰り広げられており、私は大好きですが、実演を聞く機会は多分ないでしょう。 フランチェスコーニ:弦楽四重奏曲第3番 アルディッティSQ ↓ ↓ フランチェスコーニ:Riti nuerali No.3 Studio sulla memolia ジョナサン・ノット指揮Asko Ensemble アーヴィン・アルディッティ(vn) 同じCDであります。アルディッティがヴァイオリンを弾いているのでルール5に抵触しそうですが、弦楽四重奏団と独奏とは別物であると解釈しています。ともかく、条件の一つである指定演奏家はクリア。 フランチェスコーニ:Riti nuerali No.3 Studio sulla memolia ジョナサン・ノット指揮Asko Ensemble アーヴィン・アルディッティ(vn) ↓ ↓ ベリオ:レンダリング ジョナサン・ノット指揮バンベルク交響楽団 ![]() 今更ながら説明するまでもない曲であります。シャイー指揮の熱血的演奏が好みですが、ノットのゆったりとした指揮振りも好きです。 ベリオ:レンダリング ジョナサン・ノット指揮バンベルク交響楽団 ↓ ↓ ベリオ:アインドリュッケ ブーレーズ指揮フランス国立o. ![]() ここでブーレーズを使うと後が苦しくなるかもと思ったのですが、クセナキスに繋ぐためには致し方ない。しかし、この曲、ブーレーズ好みとは思うのですが、あんまり面白くない。で、面白くない続きで、次に。 ベリオ:アインドリュッケ ブーレーズ指揮フランス国立o. ↓ ↓ ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン クセナキス:Jarons 同じCDセットの5枚目冒頭の曲。どこぞやでクセナキスは生前フランスでは不遇で、ブーレーズも意地悪して駄作を取り上げたという記述を読みましたが、ブーレーズ的にはあの爆発的なノイジーな作品群は生理的に受け入れ難かったし、楽譜も汚いしと、どうでも良い感じで比較的穏便なこの作品を取り上げ、かつモーツァルトを振るカラヤンのように自分流にしてしまったのでしょうかねえ。 というわけで、クセナキスを聞くならばやっぱりこっちでしょう。 ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン クセナキス:Jarons ↓ ↓ クセナキス:erikhthon タマヨ指揮ルクセンブルクpo.大井(pf) ![]() シナファイの方が有名ですが、こっちだって凄いと思いますよ。 さて、ここまでくるともう終わりも見えて来たなという感じで、頭の中では、タマヨの振ったマデルナ、マデルナを振ったシノーポリ、その後はどうにでもゴールに迎えると。ちと時間的には早すぎるなあと思いつつマデルナの棚を見ると、タマヨの振ったマデルナのディスクなぞ無いのでした。おかしい、stradivariusレーベルのディスクがあったはずだと思ってしばし考えて、それがドナトーニであることを思い出したのでした。大井もルクセンブルクpo.も他のディスクが思い出せないので、ドナトーニを聴くことに。 クセナキス:erikhthon タマヨ指揮ルクセンブルクpo.大井(pf) ↓ ↓ ドナトーニ:Prom タマヨ指揮オランダ放送so. ![]() ドナトーニの多分最後の作品であるProm(委嘱はBBC!)を聴きながら、聴きやすい良い作品だなあという感想と同時に、手持ちのドナトーニのCD数枚を眺めていると、あまり期待できないが他のディスクがありそうな演奏家を発見。 ドナトーニ:Prom タマヨ指揮オランダ放送so. ↓ ↓ ドナトーニ:Flag メファノ指揮アンサンブルE22M ![]() 中々楽しい曲(もっとも、このCDの中では最後のAVEが好きだけど)を聴きつつ、メファノのCDを他に持っていたか?と未完成のデータ・ベースと睨めっこ。無い。ふと目を上げて右前方のPの棚あたりを見て、思い出しました。 ドナトーニ:Flag メファノ指揮アンサンブルE22M ↓ ↓ デ・パブロ:Notturnino メファノ指揮アンサンブルE22M ![]() なんと1992年の国内盤。帯には「メカニカルな鼓動さえも純粋な歌にできた現代スペインの音響詩人」と仰々しく書かれておりますが、それよりもデ・パブロは(当時も今も)生きているので過去形は無いんじゃないと思うのでした。ともかく一番短くて、帯の文言に該当しそうな"Notturnino"3分12秒を聴く。 ここからどうするかだが、とりあえず岩城先生にお願いすることにしました。 デ・パブロ:Notturnino メファノ指揮アンサンブルE22M ↓ ↓ デ・パブロ:風の道 岩城指揮東京交響楽団 ![]() 武満にささげられた、音が運動しまくり、四方飛び散っていくようなエネルギッシュな作品。名曲であると私は思うので、実演を聞きたいが、初演者の岩城は死んでしまったしなあ、と思っていると夕食の時間になってしまいました。結局ゲームに負けてしまったのですが、癪なので夕食後も聞くことに、と同時に死せる岩城からゴールに至る啓示が! デ・パブロ:風の道 岩城指揮東京交響楽団 ↓ ↓ 黛:涅槃交響曲 岩城指揮東京交響楽団 ![]() つい先日聞いたばかりの曲。CDではあの驚きや感動は味わえないが、それでも世界に誇る日本の名曲であります。 黛:涅槃交響曲 岩城指揮東京交響楽団 ↓ ↓ 黛:弦楽四重奏のための前奏曲 ラサールSQ ![]() ここから先は楽 黛:弦が四重奏のための前奏曲 ラサールSQ ↓ ↓ ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番op.130 大フーガ付き ラサールSQ ![]() ブックレットがモノクロのため色がありません。今聞くと音の細さが気になるところもありますけど、スタイリッシュで色褪せることの無い演奏であります。 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番op.130 大フーガ付き ラサールSQ ↓ ↓ ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル・ソナタ」の作者不明の弦楽五重奏版 ラルキブデッリ ![]() わざわざヴァイオリンとピアノのものを弦楽五重奏曲にした理由が分かりませんが、さらに分けたので楽器固有の持つ音色の対比が失われてしまったので、面白味に欠けると私は思うのですが、いかがでしょうかね? ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル・ソナタ」の作者不明の弦楽五重奏版 ラルキブデッリ ↓ ↓ メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲 op.20 ラルキブデッリ&スミソニアン・チェンバー・プレイヤーズ ![]() というわけでめでたくゴール。因みに聞いた範囲でニ十種類位はあるこの曲のディスクの中で、この演奏がベストだと私は思います。全体のバランス、テンポ設定とテーマの浮き出させ方、天翔けるような明るさと時折垣間見せるほの暗さの対比といい素晴らしいです。
だらだらと過ごす
10時頃に目が覚める 夕方までCDを聴く。日中しかスピーカーを使えないのが悩ましい。 ・アンドリーセン:フェルメールへの手紙(DISC1のみ) 1曲目からプロコフィエフの「鋼鉄の歩み」という気分ではないので、これにしてしまった。何だかんだ言って気に入っているのかも。 ・バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻 演奏はリヒテル。BMGの国内盤でたぶん音が一番良いやつ、でも曲によって録音状態がかなり異なる。演奏はベストなだけに(本人の回想録では自ら貶しているが)、残念。 ・ダルバヴィ:シリウスほか IRCAM監修ブーレーズの愛弟子と言われていたころの作品(今は知らない)。先日聞いた作品に比べると変化に富んでいてさらに面白いが、シュトックハウゼンの後期っぽい雰囲気もあるあという気もしてくる。途中で「ハルサイ?」と思うリズム進行の部分もあったなあ。偉大なりストラヴィンスキー、シュトックハウゼン。 ・ドヴォルザーク:新世界 CDを聴きながら、片手までリスト作りをしていて、本日は「D」の日。DallapiccolaとかDalbavieとかDukasとかを整理しているうちに、ドヴォルザークも出てきた。考えてみれば「新世界」を最後に聞いたのはいつやらと、改めて聴こうとケーゲル指揮ライプチヒ放送o.を聴く。冴えない録音でホルンがはずしまくり、木管も怪しげなな中、派手さが無い暗い「新世界」であった。 ・ドヴォルザーク:ピアノ協奏曲 はてどんな曲だったかと思って、カルロス・クライバー指揮で独奏がリヒテルの演奏を聴く。オケ・パートは直ぐに思い出せたが、ピアノ・パートの印象はまったく消えていた。今も思い起こせない。 ・シューベルト:さすらい人幻想曲 D.760 ドヴォルザークのピアノ協奏曲のカップリング、実に立派な演奏である。2楽章の空恐ろしい弱音も素晴らしいが、4楽章の堂の入りっぷりは、幻想曲というよりは大ソナタという感じ。 ・ヴァーレン:ヴァイオリン協奏曲 ノルウェーの20世紀の作曲家。ヴァイオリン協奏曲(1940年)は、作曲のエピソードといい、バッハのコラールの引用といい、曲の雰囲気といいベルクを髣髴とさせる。本当はベルクのヴァイオリン協奏曲を聴こうかと思ったのだが、誰にするか思い悩んでいるうちに、ディスクが1種類しかないので選択の余地の無いこっちに変更。 ・ベートーヴェン:交響曲第3番 風邪が抜けきらず、夏バテ気味でもあるので、気合を入れるならばとクレンペラーのEMIのモノ録音の方を選ぶ。クレンペラーの演奏は、テンポが遅いと言われるが、その時間の流れにうまく乗ると、これしかないというテンポだと確信させられるし、名演奏というのはそういう時間の流れに聴衆を巻き込むことが出来る演奏なのだろう。この演奏は私にとってはエロイカのベスト盤である。 さて、聴いている間は気分は高揚したが、終わると元の木阿弥で気分は優れなくなった。 ・バルトーク:中国の不思議な役人 気分高揚の意味が違うのではないかと言われそうだが、何となく選んでしまった。指揮はエトヴェシュ、演奏は「若いドイツのオーケストラ」。演奏は達者である、とてもユース・オケとは思えない。もっとも、楽譜を見ながら聴いていたら、途中で楽譜のページがいきなり崩壊してかなり部分を楽譜を見れなかったのだが(さらにフィルハーモニアのブダペスト版の楽譜が縦になったり、横になったりで見辛い)。 ということで、これからエトヴェシュのオペラ「3人姉妹」でも聴いて、余計に気分を暗くして寝ます。でも、これの映像が出ないかねえ。
昼前に起きる。
行きつけの散髪屋に行く。2ヶ月ぶりらしい。 銀座一丁目のメルクリン・ショップへ行く。セントラル・ステイションを購入。メルクリンの総力を傾けて開発されたと言いう人もいるが、そのためかどうか知らないけれども、メルクリンは経営が傾いて今年英国の企業再生ファンドに買われてしまった。メルクリンからの手紙では、ファンドのトップは二人ともドイツ人で、メルクリンの価値に理解があるので大丈夫だとの事だが、はてさて一体どうなるのか。 伊東屋へ行く。モレスキンのルーズ・リーフがあればなあと店員に希望を述べたら苦笑された。でも、システム手帳を使う一方で、万年筆や水性ボールペンを使う(油性ボールペンは大嫌い)ので、あれば非常に嬉しいのだが。 ビック・カメラ有楽町店に行く。電動髭剃りの刃を求めたが、型番に合うのが見つからず撤退する。 帰宅して、届いたCDの続きを聞く。アンドリーセンの「フェルメールへの手紙」は、やはり映像が欲しいとところである。ただ英語のヒアリングには良い。その後、レヴァイン指揮のマーラーの7番を聴く。第5楽章の華やかさに関しては他の追随を許さないと思われるが、どうだろうか? それにしても暑い1日だった。
クラシック・ファンの一部でちょっとだけ盛り上がっている「惑星」個数増加問題。タネジがギャング団(はたから見るとそうとしか見えない、お仲間や生徒たち)とギネスで祝杯を挙げているかも。
なお、サーリアホの小惑星4179は地球にぶつかるかもと言われた小惑星。新定義でも、ジャガイモのような塊なんで惑星2部リーグ(冥王星族?)への昇格は見送りとなる模様。 因みに、杞の人々は小惑星4179のリンク先を見たら卒倒するかも、特に今年の7月3日なんて月までの距離の0.7倍まで地球接近物体があったんだから。 そういえば、昨日の夜中、NHKが米ソの宇宙開発競争のドラマを放送していて、ちょうどKomarovが墜落死した場面だったなあ。EMIの発売タイミングは絶妙だと感心。
http://www.asahi.com/national/update/0816/TKY200608160317.html
ということで、ラトル指揮BPOの冥王星付き「惑星」の予約購入を取り消すか悩んでいるのでした(ウソ)。 冥王星がカロンとの二重惑星となるかならないかとか、火星と木星の間の小惑星(セレス)がめでたく真打の惑星となるかならないでは、「と」科学やオカルト物で謎の第10惑星からの脅威とか言っていた人々は困るだろうなあ。「謎の第11惑星」とか「謎の第12惑星」では、なんとなくインパクトが無いんで、国際天文学会に「謎の第13惑星」くらいまでいっそ増やしてもらったほうが商売的に楽&吉かも。 須栗屋敏大先生は星座なんで関係ないだろうけどね。 これからC.シェーファーの歌うメンデルスゾーン/ライマン作曲の歌曲集(カプリッチョ)を聞いて寝ます。シューベルト/ツェンダーの「冬の旅」みたいになっているのだろうか?
9時過ぎに隣家のラジオの音で目が覚めて、暑い中フラフラと出かける。
探しているCDが幾つかあったので中古CD店を回ろうとまずは新宿へ行くも、デイスク・ユニオンの開店時間である11時までまだ45分もあり、暇つぶしに隣の紀伊国屋へ。「買って!読んで!」という書物達の誘惑に時間も忘れ、気がついたら11時をかなり回っていた。それにしても読みたい本は山ほどある。 帰り際に話題のEsquire9月号「ホット、そしてクールなクラシック音楽」特集を購入。あれだけ(ブランド品の)宣伝があるのでカラーかつDVD付きで700円の値付けが可能なのだろう。レコ芸では無理な話である。 特集記事中、ロシア・ピアニズムのパートでソコロフがかなり持ち上げられており、ファンとして嬉しくなる。誌面には、知り合いが聞いたことがあると言っていた彼の弾く「ゴルトベルク変奏曲」のレコード・ジャケットも掲載されていた。欲しいが、私はレコード・プレーヤーを持っていないのだった。 開店したディスク・ユニオン新宿店で、目的物であるホーレンシュタイン指揮BBCNorthan so.のシェーンベルクの室内交響曲第1番とアルディッティSQのシェーンベルク室内楽曲集(中にシェーンベルクの室内交響曲第1番のヴェーベルン編曲のピアノ五重奏版あり)を購入。 新宿から御茶ノ水へ出て、ディスク・ユニオン御茶ノ水店へ。若干レイアウトが変更されていた。ここには目的のものは無し。そのまま坂を下ってマーブルディスクへ。ここにも目的のものは無し(あの展示では探すことはほぼ不可能に近いが、しばし奮闘)。三省堂アネックス内の中古CDショップにも無し。 神保町のササキ・レコードに行ったら目的物あり。サイモン・ラトル指揮バーミンガム・コンテンポラリー・グループによるシェーンベルクの室内交響曲第1番とレーグナー指揮ベルリン放送管弦楽団によるフル・オーケストラ版の室内交響曲第1番。いずれも購入。前者は詰まらない演奏だと昔売っぱらったのだが、最近聞き直したくなり探したところ、廃盤になっているのかタワーやHMV、石丸でも見つからず。 続いて秋葉原のヨドバシに。ここでは中に入っている眼鏡屋で縁無し眼鏡のレンズがぐらつくので直してもらった。少しひびが入っていた部分が欠けてしまい、視界には影響しないが、ちと気になる。 石丸電気3号店に寄り、シェーンベルクの室内交響曲第1番のヴェーベルン編曲のピアノ五重奏版と室内合奏版(2種)、そしてオリジナル版のシャイー指揮のコンセルトヘボウ(DECCA盤)と裏青だがブーレーズ指揮ヴィーンpo.による演奏を購入。編曲版はいずれも知らない団体による物。最後の裏青は、存在について色々問題はあろうが、気が付いた時にはすでに終わっていて行き損なったコンサートの記録として購入。ブーレーズはこれを再々録音する気はないのだろうか? これでシェーンベルクの室内交響曲第1番の演奏は、オリジナル、フル・オーケストラ版、ピアノ五重奏版、室内楽版、ピアノ・デュオ版(シェーンベルク自身によるものとベルクによるもの)をまとめると、手元にディスク・ベースで29種、エア・チェックが2種、そして注文中のディスクが5種類、すでに廃盤で到底入手不可能なディスクが3種類(シェルヘンのターラ盤以外の2種とホーレンシュタインのVOXBOX盤)。 この曲は意外に多くのディスクが出ているが、不思議なことに、録音をしていそうなサロネン、ナガノ、ドホナーニが振ったディスクは見当たらない(ドホナーニは単に見落としているだけかもしれない)。 またシュトイアマン編曲のソロ・ピアノ版のディスクも見当たらない。こちらは譜面を持っているから何とか音になる、という代物ではないので、誰かディスクを出さないかと待っているところ。 と、急にこの曲の聞き比べをしたくなり、所有していないCDを探し回った次第。
すでに昨日になってしまったが、記録として。
本日風呂場のひびの入った壁(パネル)の交換工事があった。 非常に暑いので部屋で一日過ごす。だるくて何もする気が起きず(よってCDを聞き始めたら寝てしまった)。
午後3時頃、会社にあるつけっぱなしのTVを眺めていたらNHKのニュース番組でエリザベ−ト・シュヴァルツコップ逝去のニュースが流れていた。享年90歳、
カラヤンとの「バラ」の第3幕でも見て、故人を偲ぼうかと思います。合掌。
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