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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2007.09.29 Sat » 携帯電話が壊れた

どうも、だからといって殆ど困らないSt.Ivesです。実際電話として使うよりも、保有するあるいはこれから購入する予定のCD、本、コイン、鉄道模型、楽譜といったエクセル・データを手軽に持ち運ぶための小型パソコン、そして手軽なカメラ代わりでしたので、無くてもまあ当面は大丈夫です。

そういうわけで、新宿センタービル内のウィルコムの店に持ち込んで、チェックしてもらうことにしました。それにしても非常に多くの人が新宿店にはいて驚きましたねえ、あんなに申請したり機種交換する人がいるとは。

と言うわけで、これから寝ようかと思うSt.Ivesでした。出張前なんで忘れ物がないかちと心配。そうだ、ラトルの振った「フィデリオ」の録画予約をせねば!あっ、地球の歩き方を入れ忘れた、あっ何を忘れていたか忘れた。

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2007.09.27 Thu » えびふりゃあ

どうも、モーゼとルプパのダブルヘッダーは財政的に、物理的に、精神的に可能か考えているSt.Ives。同じ日にしないで欲しかった。移動できるかな?


さて、珍しく母が外食したい、それもとあるレストランのエビフライが食べたいというので、来週、世界最大のテロ支援国ではないかという疑義もある国に出張するので、その前に行っておかないと後悔するかもと急遽予約をして食べにいきました。海外での真夜中の電話は避けたいものです。


出てきたエビフライは、写真予想比で見て大きく、またソフトシェル・クラブのように頭から尻尾まで殻ごと食べれる代物でした。肉は全体に柔らかめでしたので、車えびが好きな母はちょっと意外ではあったようですが、美味しかったと述べていました(私は柔らかい方が好きなので満足)。そのほか料理も、かつては魚にカウントされていた鯨意外は魚介ばかりで、肉を受け付けられない母には選択肢が多く(でもコースで頼んだのですが)、店員の対応も料理や飲み物を運ぶタイミングも良く、非常に良い感じで店を後にしたのでした。


ということで中日に再びマジック点灯で日本シリーズに思いを馳せているSt.Ivesでした。

2007.09.23 Sun » 暑さ寒さも彼岸「過ぎ」まで

どうも、急に涼しくなってほっとしているSt.Ivesです。

彼岸の中日なので墓参りに行きました。練馬の我が家から遠く離れた武蔵嵐山にあるのですが、駅から霊園までの送迎バスが、普段の小型マイクロから、大型観光バス2台のピストン輸送に替わっておりました。確かに行きの電車も座れ無かったくらいですからねえ。

墓参りの後、池袋で買い物。帰宅後、録画しておいたままだったNHKハイビジョンの「20世紀の名住宅」のオスカー・ニーマイヤーの回を見て、ご本人が登場してびっくり。まだ生きていたんだ(100歳は越えているはず)。因みに、彼の代表作はと言われると、わかりやすいのはブラジルの首都ブラジリアそのものというところでしょうか。


これからR.パワーズの「囚人のジレンマ」でも読もうかと思うSt.Ivesでした。これよりもグールド没後25年にちなんで"The Gold Bug Variations"の方を先に出して欲しかったなあ。2年後のポーの生誕200年にでも出すのかな。

2007.09.22 Sat » いつからシベリウスとマーラーは同じ年に生まれたことになったのだろうか?

どうも、コイン商から送られてきたハンガリーのコダーイ生誕125年記念コインを眺めながらのSt.Ivesです。因みに没後40年でもありました。


さて、レコ芸10月号の今月の特集はシベリウスとグリーグ。没後50年と100年を記念してということでありますが、その特集の「交響曲」について執筆している諸石氏によると、マーラーとシベリウスは同時代を生きて交響曲を創作活動の中心にすえていたけれども、


「確かに生年は同じながら(1865年)、1911年には他界したマーラーと、その後46年を生きたシベリウスとでは単純な比較はできないが、交響曲という形式にこだわりつつも、独自の考え方と美学とで新しい感動領域を生み出した事実は動かし難く、交響曲がシベリウスの顔であり、また生きる証であったことも物語っている」

とのことです。私は机のフォトスタンドにオーストリア郵便が発行したマーラーの切手(1.5シリング)を挟んで飾っているのですが、そこには「1860-1911」と生没年が記されております。ミスプリでしょうか?そんなわけはありません。

こんな簡単な事実も調べずに書いているとは、さらにそれを編集部がチェックできないとは!メイン企画のメインの項目で、どうみても初心者向け解説(金子先生だったら良かったのですが)だというのに、この体たらく。個人の適当なブログではなく、れっきとした商業誌ならば、アンケートで読者の要望を吸い上げる前にやることをしましょう。

善意に見れば、生年を訂正するとこの文章の趣旨が崩れてしまうので編集部としては諸石大先生に物が言えなかったのかもしれません。でも、そもそもこの文章は何を言いたいんだかさっぱり分かりません。誰か解説をお願いしたいくらいです。


ということで、「確かに生年は同じながら(1865年)、1931年に他界したニールセンとその後さらに26年を生きたシベリウスとでは単純な比較は出来ないが、交響曲という形式にこだわりつつも、独自の考え方と美学とで新しい感動領域を生み出した事実は動かし難く、交響曲がシベリウスの顔であり、また生きる証であったことも物語っている」にしても意味不明だと思うSt.Ivesでした。

2007.09.09 Sun » プレヴィン、78歳

どうも、ということでNHKホールに向かいました。

プログラム
NHK交響楽団Aプロ:オール・モーツァルト・プロ

「フィガロの結婚」序曲
ピアノ協奏曲第24番ハ短調
交響曲第36番「リンツ」

指揮・ピアノ アンドレ・プレヴィン
演奏 NHK交響楽団

ロンドン滞在最後のコンサートが、彼がLSOを振り、独奏ヴァイオリンを前夫人が弾いたコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲とウォルトンの交響曲第1番以来であり、足はよくなったようで当時に比べてしっかりしていましたが、全体的にさらに老けた感じです。

演奏はふわっと、そしてゆったりとあくまで表情はおおらかで、しかし細部をおろそかにせずバランスよく音をミックスした演奏でありました。最近の若モンはカッ飛ばし過ぎとお感じの方には受けるでしょう。私も久方ぶりにこういう感じのモーツァルトを聴いて、新鮮でした。

さて、ピアノ協奏曲の独奏者としてのプレヴィンですが、自作カデンツァを使用とされていましたけど、全体的にピアノの音が小さく(NHKホールが大きい器であるにしても)、また指がこんがらがって音が団子になっているところもあり、ちとハ短調は楽しめませんでした。


ダフニスに行こうか考えているSt.Ivesでした。


2007.09.02 Sun » 薔薇の木には薔薇の花が必ずしも咲かない

どうも、どういうわけか分かりませんが疲れ果てているSt.Ivesです。

ということで、本日のチューリヒ歌劇場来日公演「薔薇の騎士」ですが、簡単に言えば、良くも悪くも期待通りであり、DVDの印象と異ならないというものであります。会場の音響の悪さに辟易し、指揮者が詰まらない退屈な音楽つくりをすると、歌手がどんなに良くてもだめなんだなあという点を再確認したのでした(第3幕の三重唱を何故あんなにさっさかさっさか流れ作業的に振るんだ?)。彼はヴィーンでもこういう風に振るつもりなんだろうなあ、プログラムでカラヤンやクライバーの名前を出していたけど、「薔薇」に関する限り前途は暗そうだ。


ということで、8日のチケットが入手できなかったのは、歌手を考えると残念な気がするものの、まあ良かったかなと思うSt.Ivesでした。

2007.09.01 Sat » 進むべき道はない、だが進まねばならない

どうも、サントリーから戻ってきたSt.Ivesです。涼しさと共にシーズン・インで何よりであります。暑いとやはりだれますからねえ。


本日はサントリー・ホールのリニューアル・再オープンの日のようですが、特段開演前に何かあるわけでもなく、いつもの通り開演30分前に巨大オルゴールが出てきて開場。ホール内は1階クロークが縮小されたような感じがしたほか、2階のカフェ前の座席が撤去されてカウンターになっていました。

では、簡単に本日のコンサートの感想を。

サントリー・サマー・フェスティヴァル20周年記念
MUSIC TODAY21 初日

サントリー・サマー・フェスティヴァル20周年記念特別演奏会
・権代敦彦:母(コーラ/マトリックス) オルガンと笙のための作品107 記念委嘱作品
・ ノーノ:No hay caminos, hay que caminar… Andrei Tarkovskij(1987)
・ 武満:ノスタルジア アンドレイ・タルコフスキーの追憶に(1987)
・ グリゼー:エピローグ 4人のホルン独奏者と管弦楽のための(1985)
・ リンドベルイ:キネティクス(1988-89) <日本初演>

演奏
指揮:ピエール・アンドレ・ヴァラド
オルガン:松居直美、笙:宮田まゆみ、ヴァイオリン:大岡 仁
ホルン:丸山 勉、ジョナサン・ハミル、和田博史、村中美奈
管弦楽:東京フィルハーモニー管弦楽団

前半と後半で対照的な曲目、静と動、モノクロとカラーといったところでしょうか。権代を除いていずれも20年近く前の作品、そしてまだ生きていてもおかしくない武満、グリゼーを含めて故人3人の作品を現役作曲家の作品で挟む構成。

演奏の出来について、特に後半2曲は分かりません。場所がステージ横で金管と打楽器の猛烈な響きの嵐の中に放り込まれて感覚が麻痺しそうでした。しかし、打楽器類の多用さといった見た目も含めて面白く聞けたことは事実です。オーディオでもあれは再生できませんから。

見た目で言うと、グリゼー作品は、ハイドンの「告別」ではありませんけど、盛り上がっていたオーケストラが、4人でモゴモゴとまごついているホルンを尻目に、次々と楽器群が演奏をやめて音がどんどん薄くなっていき、最後までモゴモゴしているホルンにこれでおしまいだとばかりに強烈な大太鼓が打ち下ろされる様は、CDよりも実演の方が絶対に面白いです。最後の2回の大太鼓を聴いて、我が家では再生できないなあと思ったのでした(考えてみると、Les Espaces Acoustiquesをスピーカーを通して聴いていなかった)ものでした。

リンドベルイ作品もまた、金槌や「悲劇的」以外では殆ど見かけない木槌を含めて、グリゼー作品に負けないほどの打楽器類を用いて華やかな盛り上がりが楽しめました(最後は静かに終わるんですけどね)。

とはいえ、今回のコンサートの私にとっての目玉はノーノのNo hay caminos, hay que caminar… Andrei Tarkovskijであります(自分のHPの更新はとんと進んでいませんが…)。オーケストラ横に陣取って舞台を含めた7つの群島の空間性を今回ようやく確認できました。音と静寂の間に、というのは確か武満の本の題名でしけれども、弱音と静寂の間の音の薄明状態、切れ切れの音の消え入る瞬間瞬間、そしてそこから突如突き上げてくる大音響に耳をそばだてていく美しい作品。ミスもありました、ノーノ作品にはつきものの緊張に耐えられない聴取の咳の多さも気にはなりました、しかし、それでもこの傑作をライヴで聴けて私は非常に幸せです。


武満と権代はきっと広大なブログ空間のどこかで誰かが書いているでしょうから、そっちをご覧ください。でも舞台に登場した権代がベートーヴェンの顔をプリントしたTシャツだったのは笑えましたけどね。


明日は、チューリヒ歌劇場の「薔薇の騎士」を見に行くSt.Ivesでした。その前にビデオを整理してアバド&ルツェルンとシノーポリも登場するらしいベネズエラ・ユース管を録画できるようにせねば。
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St.Ives

AUTHOR : St.Ives

No hay caminos, hay que caminar...

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