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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2007.12.31 Mon » 大整理

どうも、思い切って部屋の大整理に取り組んでいるSt.Ivesです。疲れました。まだまだ終わりません。本棚を一新しようかと思っているのですが、やはりカシマ・スペシャルかなあ。ちと高いんだけど。2階の天井が屋根に沿って傾斜しているので、突っ張り棒が使えないのもこまったなあ。

来年に続く。


たとえ資金的に買えたとしても、ミース・ファンデ・ローエのデザインした住宅には住めないなあと思うSt.Ivesでした。本棚をどこに置くんだ?


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2007.12.28 Fri » DVD届く

どうも、本日は予定通り、今秋オープンした大宮にある鉄道博物館に行ってきたSt.Ivesです。家族連れとカップルで大そうに混んでいました。意外と鉄ちゃんと見受けられる方々はいなかったです。かつての懐かしの鉄道車両が並び、物によっては中に入って座れますし(寝ている人もいた)、体験・学習コーナーもありで、ざっと回るだけで2~3時間はかかります。なお、明日から1月2日までお休みらしいので、出かける前に開館日時をご確認ください。


さて、大宮駅のエキナカの凄さに驚いて、明日の朝食をPaulsで購入してしまい、池袋のHMVではBBCMusicマガジンと今年最後の購入CDとして32番ファンとしてはやはり見過ごす訳には行くまいと、レコード・アカデミー賞器楽部門受賞CDを購入して家に戻ったら、大量の荷物が届いておりました。

一つは、メルクリン(鉄道模型)でして、すっかり注文していたのを忘れており、年末年始の資金繰り計画を大幅に狂わせてしまったのでした。10年前に破綻した証券会社のことを笑えんですなあ。

続く小包はHMVからのCDとDVD、何で池袋で悩んだのかと思ったのですが、KAIROSの"No hay caminos, hay que caminar..."のほかDVD「ファウスト博士」「カルディヤック」「令嬢ジュリー」「モーゼとアロン」と年末年始が暗くなりそうなDVDが届いておりました。幸い、「乙女の祈り」バダジェフスカ作品集も同封されておりまして、やれやれというところです。

次に幾つか封筒があり、一つはフォンテックからでして、応募していたシューマニアーナ20周年記念DVDでした。マイナー作品も含めて色々聞けるのですが、20年ですか、お疲れ様です。

そしてドイツからも封筒が来ていました。先方の住所はメルクリンのあるゲッピンゲンからではなくルールからでして、年末年始はやはり暗くなりそうです。

ということで、ルール・トリエンナーレでの「軍人達」のDVDを明日にでも発送します>関係各位。


これから「軍人達」のDVDを見ようかと思うSt.Ivesでした。


で、観ました。これは凄かった。インパクトとしては、クプファー演出のもの(CDとDVD)やギーレン盤(WERGO)、アムステルダムでの実演よりもありました(主役はアムステルダムと同じ歌手。当初新国も彼女をアナウンスしていたはずだけどなあ)。大お薦めであります、といっても買うのは面倒ですけど、その価値は十分以上にアリます。

2007.12.27 Thu » 録画したコンサート・オペラ鑑賞記

どうも、本日から来年6日まで冬休みのSt.Ivesです。基本的に家でごろごろする予定。

ということで、大掃除もせずにハイビジョン・レコーダーに録り溜めたオペラ、コンサートを幾つか眺めて過ごしました。


最初はゲルギエフ指揮ロッテルダム響他によるマーラーの8番。これは、ちと出来が悪いです。歌手は良いのですが、テンポ設定がめちゃくちゃだし、あおりすぎてオけと合唱は殆ど崩壊状態。よく最後まで行きましたねえという感じ。公演はアムステルダム・コンセルトヘボウで行われたにもかかわらず、オランダでは必ず見かけた終演後のスタンディング・オベイションもなし。

続いて、2005年プロムスでのワルキューレ、ドミンゴ、ターフェル、マイアーの豪華キャスト。手元にあるDATの録音は第2幕終わりの「生きなさい!」というブリュンヒルデのセリフから第2幕終わりまでが欠けていたので、ようやく全部聞けました。ドミンゴはあんなに下を向いて歌っていたら、RAHの上層部の聴衆には声が聞こえなかったのでは?うすっぺらなコヴェント・ガーデンの響きも今となっては懐かしい限りです。

続いて、あまりのお値段の高さに来日公演を見送ったラトル指揮BPOによる「フィデリオ」のザルツブルク公演の記録。時間の都合で第1幕のみを鑑賞。演出と美術は私好み。画面があると長い沈黙・動きのないシーンといった演出も含めて全体が分かります。演奏はCDでもすでに出ている通りと言えばそれまでだけれど、デノケとバンゼほか歌手が素晴らしい。DVDは売り出さないかもしれないので、永久保存扱いにしておかねば。第2幕は後日のお楽しみにしておきます。


明日は、大宮の鉄道博物館に行く予定のSt.Ivesでした(雨が降ったら中止)。

2007.12.24 Mon » 特になし

どうも、ミーチャってしょうがない奴の典型だねえ、でも続きを読むのに疲れたので、国書刊行会から出版された、タイトルに「夏の稲妻」が使われている書籍ベスト100の輝ける第1位(多分)に乗り換えたSt.Ivesです。いやあ、序文からして抱腹絶倒でありますが、その序文に書かれている自作の短編「豚よォほほほほ~い!」は文芸春秋社から翻訳が出ていてねえ、同時期に異なる出版社がウッドハウスの翻訳を出し続けようとしたら、両者共倒れにならないだろうか。ここは、P.G.ウッドハウス協会理事にして、「公務の重圧で大変なとき、いつも私はウッドハウスを読み返すことにしている」と語る英国のブレア元首相に、パレスチナとイスラエルの橋渡しよりは楽だと思う両社の調整をお願いできないものか。それにしても、イラク派兵の決断の際もウッドハウス読んでいたのだろうか?イラク情勢が泥沼化する中、ジーブスみたいな奴が解決してくれないかとか思ったことはないのだろうか?
                         

さて、特になしと書いているように、お昼まで寝てそれからCD聞いておりました。内田のハンマークラヴィーアの封をようやく開け、実演とは比べ物にならないほど良くなっているのは録音の魔術か、たまたまあの日は調子が悪かったのかとひとしきり考えてしまいました。こうなるとBBC3からの録音失敗が残念です。

さて、録音の魔術で思い起こして次に聞いたのが、第45回レコード・アカデミー大賞に選ばれたブーレーズの振るマーラーの8番。およそ実演ではあり得ないように様々な音が聞こえてきます。さらに、何回かオルガンのペダル音が異常に響き渡ります。802ノーチラスの低音がビリビリと鳴るような低域まで録音したのでしょうかねえ。時間もあるしと、第1部のみ他の演奏数種で確認しましたが、他の演奏ではそんなビリビリとスピーカーが鳴るような低音は無く、また、実演でもここまで低音を実感したこともないので、不思議であります。第1部に限れば、冒頭、練習番号64など。"Veni"の部分にあるペダル音を強調すると言うコンセプトかと思いきや、そうではない部分もあるので謎です。

それにしても、ブーレーズのDG盤の演奏は、70年代のBBCとの録音と言われているものとは、目指す方向はひょっとして同じだったかもしれないと思わせる瞬間もあるのですが、一聴すると別人?と思うほど大違いの演奏です(良く分かるのは、第1部練習番号37の直前の2小節のテンポ設定でしょうかねえ。BBC盤は思いっきりテンポを遅くしていきますが、DG盤は指揮者への注意を守るように努力しています。ただし、練習番号82以降のテンポ設定は、明らかに最後のフーガでの明晰性を確保しようとしてテンポをぐっと落として進むのは同じです)。

8番の第1部ばかりを聞くのに疲れたので、レヴィナスの弾く、慣れると麻薬のような「平均律クラヴィーア曲集第1巻」の第6フーガまで聴いてから、ノーノの「プロメテオ」へ、ただし新緑は届いていないのでメッツマッヒャーの振ったEMI盤を聞きました。やはりステレオ再生では限界がありますなあ(咳もうるさいし)。


明日も朝からCD三昧の予定のSt.Ivesでした。このままでは豚になるなあ。

                        Blandings
                              

2007.12.22 Sat » 新国の「軍人たち」の案内届く

どうも、ウイルス性胃腸炎に悩まされているSt.Ivesです。



ルール・トリエンナーレのDVDはまだ届かないけど、新国からは来年5月の案内は届きまして、やはりというか、安上がりだからというか、演出・美術はアムステルダムのナショナル・シアターのデッカーのものであることが写真からも確認できました。ただ、この演出は、情景転換に非常に時間がかかって緊張感がぶち切れになるのが難点という代物、新国はご自慢の立派な舞台機構でそれを回避できるのでしょうか?

歌手は、デポルト役とシュトルツィウス役はルールと同じ歌手らしいので、DVDでよく確認しておきましょう。ただ主役は、イゾルデが夜の女王のアリアを歌うようなもんなのですが、大丈夫でしょうか。新国の用意した経歴を見る限りこの手のオペラを歌った様子はなさそうで、聞くまで不安いっぱいであります。もっとも、主役に限らず、当方、ボーカル・スコアを何度眺めても、全く正確なところを覚えられませんので、劇場で適当に歌われても分からないと思いますけどね(あっ、スコアを持ち込んで聞いても分からんですよ)。


ところで、新国の来シーズンについてWhat's Next?という感じのSt.Ivesでした。生誕100年を迎える作曲家によるどっかの聖人の話や同80年の月月火水木金金とかも取り上げないだろうなあ。

2007.12.18 Tue » エシュノーズ 「ラヴェル」

どうも、何かしなくてはならないことがあったはずなのに思い出せないSt.Ivesです。


さて、このみすず書房から出たエシュノーズの「ラヴェル」、どう表現していいのか良く分からないが、ラヴェルっぽいなあという感じ、特にカラマーゾフの途中に読むと、魂だとか、神だとか、感情だとか、重厚さだとか、そいうものとは別種の世界。さらさらと、淀みなく、隙なく、透明感の高い小説、何か起きるわけではなく、といってもラヴェル最後の10年を扱っているのに、何か起きるわけでもない小説でありました。



そうだ、部屋を片付けるつもりだったんだと思い出したSt.Ivesでした。でももう夜遅いから明日にしようと思うが、寝付けないからなあ。

2007.12.17 Mon » 再:沼野雄司の「リゲティ、ベリオ、ブーレーズ 前衛の終焉と現代音楽のゆくえ」について

どうも、本日は日長一日CDを聴いていたSt.Ivesです。

さて、沼野氏の「リゲティ、ベリオ、ブーレーズ」(音楽之友社)については、以前に書いてあることに尽きますが、お二方からコメントもあり、あらためて簡単に、でもダラダラとお答えします。

本書は、「およそ1970年前後という地点に現代音楽の大きな切断点が存在していることを、作品の内部から明らかにすることにある」とされており、この結論に向けた作業を行っています。さて、「現代音楽」全体はともかく、この3人については、第3章の「反復」、第4章「調性への接近」の分析結果が全面的に採用されており、その内容は今更言わなくても、それぞれの作曲家の作品を時系列に聞けばわかるでしょうということに尽きます。というのも、反復であれ調性(への接近)であれ、まさに「認知=聴くという行為」によって明らかなので、それぞれの楽譜で確認しました以上の何かがあったのかなという点で期待はずれでした。もっとも、1970年頃は「切断点」なのではなく緩やかな以降の一通過点に過ぎないと感じますけれど。
そういう点で、この論文の価値は何でしょうか?ベリオの反復の数え上げはお疲れ様な作業ですが、まさかそれが褒められたとは思えませんし。
余計は話ですが、ベリオの反復の数え上げは直近作まで行って欲しかったです、というのもこの数字をエクセルに入力して近似曲線(2次、3次、4次)を当てはめてみると、1969年作曲のエス、1971年作曲のアニュスを頂点として、反復の割合は緩やかな減少トレンドを描いていて興味深いです(もっと当てはまりは悪いのですけどね)。専門の統計ソフトは不要です、マイクロソフトのエクセルとこの本をお持ちの方はおためしあれ。

私が、無価値だと思った別の点は、データの取り扱い、特に第2章の「記譜法」で最も強く感じるのですが、その選択・抽出・整理、統計的処理およびその結果の表示についてです。リゲティ、ベリオ、ブーレーズの3つの主体を取り上げる以上は、この3人の作品(サンプル)については取り扱いと結果の表示を統一し、時系列的に比較可能な形で示すことや、過去から直近までの作品すべてについて取り扱うこと(何故第2ソナタ、ソナチネがないのか?)が普通の学問ならば求められます。筆者は、1970年頃の変化に囚われてしまい、その前後以外の時期についてはすっ飛ばしてしまい勝ちあるいは、自分の論証に都合が良い時はデリーブだのレポンだのといった別の場所では無視している作品を恣意的に取り上げる悪い癖があります。


ところで、何故リゲティ、ベリオ、ブーレーズを取り上げているのでしょうか。日本に住んでいるならば、豊富なデータの取り扱いが可能な武満も何故取り上げなかったのでしょうか。第1章で触れているクセナキスでも良かったのでは?前衛以後の作曲界への影響力を根拠として取り上げていますが、具体的にはそれは何でしょうか。弟子の数、公職、作風(これがまさに問題となっているのに、それを理由には取り上げられないでしょう)、何でしょうか?

一般に代表例を取り上げて何事かを言う際には、それが代表例であることを明示して始めなくてはなりません。そして代表例は、多数のサンプルの中心、サンプル共通の諸要素を多く持っていることが必要でしょう。なので、通常は、分けの分からない理由付けはやめて、サンプル(対象作曲家)を可能な限り多くした上で、「平均的」に「19○○年前後に変化があった」と言うのが普通でしょう。そうした作業を一切省いているので、私は、「統計」的な処理を装った、あるいは楽譜内にとどまったという客観性を装いながら実は主観的な操作を結果ありきで行っているに過ぎない、つまり無価値であると感じたのでした。

仮に、多数の作曲家の過去から直近までの作品をきちんと並べて分析を行えば、構造変化は通説の「1970年頃」でなかったかもしれない(あるいは少なくとも1970年頃に構造変化は生じなかったという反対仮説を棄却できなかったかもしれない)。こうした可能性を排除しているのは、ただただ残念です(といっても、個人的には1980年頃だろうと1970年頃だろうとどうでもよいのですが)。

なお、補論については、言わずもがなというか全く分かっていないです(アドルノやホルクハイマーを読みすぎたのかな?)。経済的要因に踏み込む以上、根っことなる「統計」とその適正な処理を前提にしない議論は、ただのヨタ話に過ぎません(もっとも、経済論壇にも似たようなヨタ話は数多くあり、一介の音楽学者にそれを求めてもしょうがないかもしれません)。他にも第1章でエリート性の説明をピエール・ブルデューの社会的位置空間をひっぱってきて説明していましたが、ブルデュー自身の意図は別にして、そもそもアンケート調査は、ある時点における割合や位置がある程度まで分かるが、絶対数は(よほど統計的に有意なものでなければ)出てこないし、時系列的に観察する必要もある代物ですので、いくらブルデュー大先生のものだからと言って、それに寄りかかるのは危険じゃない、と思うのでした。因みに、ブルデューを理論的なバックグラウンドとしたレギュラシオン経済学は、昔流行しましたけど、フォーディズムとか言葉遊び以外の何物でもないという記憶以外を私はすべて忘れてしまいました。

正直なところ、読んでいてその論文としての杜撰さに胸が痛んだのでした。あまり知らない領域にまで手を突っ込まずに論文を書くべきでしょうねえ。どうしても、知ったかぶりで何かかっこつけたいことを書きたいならば、せいぜいこういったブログにとどめましょう(笑)。そう、「語りえないことは沈黙しなくてはならない」、いや学者ならば、矢野先生に倣い「語りきれぬものは語り続けなくてはならない」でしょうか。改訂版を期待しましょう。


これから、ソーカルの「知の欺瞞」でも読もうかと思うSt.Ivesでした。

2007.12.15 Sat » 本日のコンサート 尾高指揮 読売日本交響楽団@サントリー

どうも、ようやく大審問官まで到達したSt.Ivesです。それにしても新訳はひらがなが多いなあ。文字が大きいのは助かるけど。


「めったに、めったにお前は来ない、歓びの精霊よ!」

エルガーの交響曲第2番の楽譜にはシェリーの詩のこの一節が書き付けられていますが、本日はその歓びの精霊が来てくれました。実に見事で感動的なエルガーの2番を聞かせてくれました。妙なタメや思わせぶりなところはなく、楽譜の細かい部分まで実にバランスよく再現しているだけでなく、すべてが意味深く精妙にそして雄渾に鳴り響いていました。テンポは私の感覚では作曲家本人がEMIに残したもののテンポに近かったとおもいます(少なくともC.ディヴィス指揮LSO盤よりは速い)。素晴らしかったです。

なお、前半はオピッツのピアノでマルトゥッチのピアノ協奏曲第2番でしたが、申し訳ないことに殆ど寝てしまい、感想は書けません。


ところで、オイレンブルクのエルガーの楽譜(交響曲第1番、第2番、ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲だけしか持っていないけど)のへ音記号は、どうして丸まっている方が普通のものとは逆なんだろうかと不思議なSt.Ivesでした。エルガー自身の記譜がそうなっているのかなあ?

2007.12.12 Wed » 寝るまでに10ページ

どうも、C.シェーファーの歌う「クリスマス・オラトリオ」を聴きながらのSt.Ivesです。一般的にはアーノンクールの新録ということになりましょうけど。


さて、本日帰りがけに丸善の丸の内店によって仕事のための基礎知識用の書籍でもと思いつつぶらぶら店内を歩いていると、知らぬ間に、ミシュランのガイドブックを手にとってしまっただけでなく、漫画まで。ある男が眠りにつくまでに10ページもかかる漫画とは、理解しがたい、といっても世の中には同じことに30ページもかける小説もあるやに聞くので、それに比べればましか。やたらママンにすがりつく男の子の話に、そのおじさんや二人の女性の際どい話、マドレーヌで過去にトリップする男の話、ただのばあさんなのにゲルマント公爵夫人とか名前を与えてうっとりするきもい子供のはなしとかばかりで、それがどうした!筋はどこだ筋は!という感じ。その上、やたらセリフが多くて、これでは漫画のドラマ化ばかりのフジテレビも採用できんでしょうなあ。しかし、どこかで読んだ記憶があるのだが、ここはひとつ日本人らしく、緑茶とドラ焼きで私も過去にトリップしてみよう。

そうそう、本はこれですから。あらためて、お高い漫画だと思いましたよ。この価格なら「わたし」はパルジファルのように花咲く乙女達を訪問できますな。


それより、ロシアの片田舎での強欲じじい殺人事件の容疑者3兄弟の物語を読まねば(はじめは容疑者はカテリーナという名かと思ったがそれは別の事件だった)。一説にはこの話は、宮部みゆきを差し置いて「このミステリーが凄い!1880」に選ばれたとか(まだ宮部みゆきは生まれていないぞ!)。



バッハのクリスマス・オラトリオからMurailのWinter Fragmentsに切り替えようかと思うSt.Ivesでした。

2007.12.10 Mon » 鳥獣戯画にいってきた!

どうも、もう昨日になってしまいましたが、一点豪華主義っぽい感のある近隣の国立美術館とはしごしたSt.Ivesです。森美術館、国立新美術館、サントリー美術館のチケットは相互割引券(300円程度)になっていたことに本日気づきました。上野もそういえばそうだったなあ。


さて、サントリー美術館の「鳥獣戯画がやってきた!」ですが、甲乙丙丁全4巻あることやそれぞれの内容が全然違うことを本日知りましたが、やはり良く知られた甲のウサギとカエルの相撲シーンが私としては一番よろしかったです(丁のへぼウマ風の絵も気に入ったけど)。見栄を切るカエルと嬉しそうなウサギを前にして思わず、なぜか展示の途中に設けられているミュージアム・ショップでハンカチやはがきで同じ図柄のものを買ってしまったのはサントリーの術中にはまってしまったのでしょうか。

なお、鳥獣戯画だけでなく、その模本や前後の影響、パロディー作品など多層的な展示でありまして、殆どふざけているとしか言いようがない絵巻(内容は書くのにちとはばかられる)には、観る人観る人大笑い。
また、鳥獣戯画に用いられた白線画の絵巻物の例として、カタログで「少女マンガの世界」と評された「新蔵人絵巻」という物もありました。内容は、男装して宮中に出仕したおてんば姫が、男装が帝にばれて見初められたものの、その後傲慢になって帝に見捨てられ、出家するというもの。いやあ、ベル薔薇っぽいですなあ。

このほか擬人化した動物を用いた絵巻物の例として最後の最後に展示されていたのが大いに笑えました。内容は、畑仕事に疲れた老人が「サルの手でも借りたいのう。畑仕事をしてくれたら娘をやるんだが」と独り言をしたら、何とサルの集団がいきなりお手伝い。娘を翌日いただくと言ってサル達が去ったあと、じいさんはあわてて裏山の竹藪の中の土中に甕か小櫃に入れた娘を隠そうとするのですが、竹の根元を掘るのはたいそう難儀な仕事でして、じいさん曰く「この労力を畑しごとに使っていたら」。後悔先に立たずでありました。なお、娘とじいさんに明日があるかはご自分でご確認を。


しかし、「牛乳を注ぐ女」のようなそれほど大きくない絵をあんなに遠くから、かつ「止まらずに歩いてください」状態で観るのは酷というものだと思ったSt.Ivesでした。

2007.12.08 Sat » シュトックハウゼン逝去

どうも、シュトックハウゼンが亡くなったニュースに驚いたSt.Ivesです(公式発表<英文>はこちら)。

シュトックハウゼンの作品は、1970年代以降のものにはついていけないものを感じてはいましたし、私の好みからすると必ずしも美しいと言えないにもかかわらず、魅了されてしまうエネルギーを持っていました。第二次世界大戦後に活躍した偉大な作曲家がまた一人去ってしまい、残念であります。

これから「少年の歌」と「光」より「木曜日のお別れ」を聴いて故人を偲ぼうと思います。

St.Ives

2007.12.08 Sat » ファウストス博士を想起させるシューマン

どうも、牡蠣を食べてご機嫌のSt.Ivesです。


さて、本日はアファナシエフのオール・シューマン・リサイタル@タケメモに出かけました。曲目は

子供の情景
幻想小曲集op.111(有名なop.12ではなかった)
交響的練習曲

この3曲だけですが、アファナシエフ節たっぷりで十分でありました。

迷宮のようなトロイメライなど子供の情景も「素敵」ではありましたが、交響的練習曲が他では聴けない演奏でありました。例のごとくテンポを非常に遅くとりつつ、強烈な左手と微妙な溜めをはじめとした独特なバランス感、そして音が濁り汚れても構わないといったタッチとペダリングによって、とりわけ輝かしい最終曲に顕著に現れたと思われる、矢折れ刀付き倒れた英雄への挽歌のような、ある種の無残さと悲劇的な様相をこの変奏曲に与えておりました。

一方、作品111にについては、その異常性をあまねく照らし出した演奏でして、晩年のシューマン作品の愛好家として、何もそこまで示さなくともという気もしております、聴いている身の方がその痛々しさに耐えられなくなってきます。


とはいえ、NHKが収録しており来年3月ごろ放映予定らしく、CDも来年には出るとのことなので、今から再会を期待しているSt.Ivesでした。


2007.12.03 Mon » 劇場での注意事項

どうも、獲得議席が7割近くですか、すごいですなあ、と思うSt.Ivesです。投票できれば民主主義ではないんで(中国だってキューバだって選挙はある)、ロシアの悲劇はまだままだ続くと「ボリス・ゴドノフ」を思い起こしてしまったのでした、あっもちろん豪華絢爛リムスキー版が鳴り響いたのは言うまでもありません(ウソ)。


そういえば、昨日のショスタコーヴィチの交響曲第4番でのフライング拍手で思い出したのが、東京文化会館でのザクセン州立歌劇場公演での注意放送アナウンス。これが開演のベルが鳴ってからやたら長い(しゃべりもゆっくり)。一言一句は覚え切れていないけれど、こんな感じ。

会場内での録音・録画・写真撮影はお断りします。最近では携帯電話での撮影をされる方がいらっしゃいますが、堅くお断りします。
会場内での飲食はお断りします。
会場内での携帯電話の使用はお断りします。また、電源はお切りください。当館では携帯電話遮断装置を使用しています。
アラーム時計のアラームを解除してください。
補聴器をご使用される方は、注意してご使用ください。
会場内でビニール袋やパンフレットなどをひざの上に置きますと音が出て他のお客様のご迷惑となりますので、椅子の下に置くあるいはクロークに預けてください。
会場から出られますと、途中での入場は出来ませんので、その点にご注意ください。
終演後、すぐに拍手をせず余韻を楽しんでいただくようにお願いします。


幼稚園児じゃあるまいし、特に最後は言わずもがなだろうと思うあなた、甘いデス。これだけ注意されても、ビニール袋をひざの上に乗せて演奏中ガサガサさせる人やアラームを切り忘れる人、アメの袋を平気で破る人がいるわけです。また、薔薇の第1幕で幕が閉じ始めるとさっさか拍手をするオックス男爵のような人もいました。いやはや情緒もへったくれもないですなあ。

あいもからわず困ったものであります。



ドイツからWERGOの「軍人達」が届いたけど、その前に一緒に届いたC.シェーファーの歌ったドレスデン聖母教会のクリスマス・コンサートのCDを聴こうかと思うSt.Ivesでした。

2007.12.01 Sat » Credo

どうも、果たして4番は「5番と本質的に違いがない」(プログラムにある一柳氏の解説)作品なのだろうか、と思うSt.Ivesです。同じ素材が使用されているだけで本質的に違いがないと言えるのだろうか?4番をおとなしくさせたら5番になるのだろうか(「おとなしくする」という意味が良く分からない)?ミッチーはプレトークで4番と5番には大きな違いを感じると述べており、私もそう思うのだが?


残響が殆どないと思える日比谷公会堂でのショスタコーヴィチの交響曲第4番のX線写真のような演奏、楽器の響きが残酷なまでに混濁せず、ありとあらゆる異なる旋律が、あるいは同じ楽器同士の重なりがくっきりと浮かび上がる意図せざる怪演にして快演。

ミッチーのリズミカルで少し小走りなテンポ設定に、巨大な編成が軋みながらも、茫漠とした不思議な第3楽章のコーダまで一気呵成にぴんと張り詰めた演奏にはブラボーを送りましょう。途中では面白いテンポ変化も見せてくれましたし、迫力も十分でありました。今回を含めて9回、東フィルでは、バルシャイが振って以来の演奏でしたが、その中でも満足度の高い演奏でありました。


それにしても惜しむらくは、音が終わっていないのに拍手をする輩がいたことでしょう。

なお、NHKが収録していたので、いずれ放映されると思いますが、あの残響がない演奏がどのように収録されたか興味があります。


ところで、プログラムに書かれていた、新全集第4巻で紹介されている全部で2419小節の第4番って何だろうか?第4巻の後ろのコメントや注釈にそんな記述があったかな?とこれからもう一度調べようかと思うSt.Ivesでした(因みに新全集は、19巻の2台のピアノ版を含めて、シコルスキーや全音と同じ小節数でした)。

2007.12.01 Sat » 芸術新潮の北園克衛

どうも、アルネ・ヤコブセン、WHO?のSt.Ivesです。ただ、デンマークが2002年に記念金貨を発行していたとは!

さて、そのデンマークの建築家にしてデザイナーのアルネ・ヤコブセンを芸術新潮が特集していたので、誰それ?と購入。国立新美術館の地下1階にあるイスが実は彼のデザインだったとは知りませんでしたが、その号の一つのエッセイで北園克衛のデザインした早川文庫のエラリー・クイーン物のカバーが取り上げられていました。

私の場合、柴田南雄の作品よりもこのカバー・デザインとの出会いの方が早くて、最初柴田作品を聞いた時は詩人とデザイナーが同一人物だとは全く思っていませんでした。それにしても懐かしい。最近、法月倫太郎の「生首に聞いてみろ」を初めて読んで、探偵の設定が(小説中の)クイーン親子だなあとか、叙述の感じや、ネタばれになるので書けない点とかが後期、ニューイングランドの小さな町ライツビルのシリーズ物とかに近いなあとか感じていたので、偶然の出会いに感慨ひとしお。同じ中学生の頃、アイヴス作品にも出会っていたので、私の中ではアイヴスの描くニューイングランドの風景と、E.クイーンの描くライツビルとが一体化しております(その後、ライツビルにも現代化の波が押し寄せて、作品ごとに昔の面影が失われていくのは読んでいて悲しくなりました)。


ということで、久方ぶりにCalamity Town(邦題「災厄の町」、邦画だと「配達されない3通の手紙」の原作)でも読み直そうかと思いつつ、寒気がしてきたのでもう寝ようかとも思うSt.Ivesでした。
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AUTHOR : St.Ives

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