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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2009.06.30 Tue » あらあら

どうも、スクリャービンの交響曲第3番を聴きながらのSt.Ivesです。なぜか聞いてしまうんですよねえ。

さて、あらあらといっても、前回アップした記事で字が違うということにようやく気がついたわけではなく(というのも、そんな人のために新国のパンフレットは丁寧にとりびあネタで字が違いますとあらかじめ教えてくれております。今回のパンフレットでは街としての修善寺の宣伝もあって、あー能舞台のあるあの旅館に泊まってみたいと思っていた十数年前に静岡に赴任していた頃を思い出しましたが、依然としてお高いんだろうなあ)。

では、何があらあらかというと、「修禅寺物語」をさかのぼること1週間前のツィメルマンのコンサートのパンフで予告されていたんで、HMVに予約したバツェヴィッチが、発売元(DG)からキャンセルされたとの連絡があったのでした。髭のおじさんはまたむずかったのでしょうかねえ、あそこのタッチがその直前のタッチより1dbほどバランス的に悪いとか言って。バツェビッチのメジャー・デビューが遠のいてしまったのでした。


HMVは結構律儀にすべて揃うまで送ってこないなあと思うSt.Ivesでした。アマゾンなんて頼みのしないのに、バラバラと無料で送ってくれるのに。
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2009.06.27 Sat » 坂田藤十郎でござーーいー(山城屋!)

どうも、ということで歌舞伎風演出というより、歌手は単に立っているだけのオペラ「修善寺物語」を観に行ったSt.Ivesです。

演出は、極めて詰まらんかったです。名優必ずしも名演出家ならずでありまして(セットなどは国立劇場でのものを流用?したかのようで、松竹お抱え公演という感じ)。あれだけ動かない演出だったら、ウィルソンのように照明やセットを含めてもっと幻想的というか抽象的にしてくれないと、私には耐えられません。

さて、「名曲解説全集が聴けない!」にめでたくノミネートされている「修善寺物語」を聴くのは今回が初めてで、作曲年代を考えなければ、意外と面白い音響でした。歌が狭い音程でうろうろする事を含めても、はからずもヤナーチェクのオペラを思い起こしたりする部分もありました。しかし、セリフが最初聞き取れない、日本語なのに。さらに聞き取れても、もはや使われないような日本語なので、意味が取れず、字幕をちらちら見てしまうのでありました。明治は遠くなりにけり。

そして、カーテンコールには4代目坂田藤十郎が登場。歌手や指揮者を上回る絶大な拍手を受けたので、エーという感じ。お客さんは彼を見に来たのか?


もうちと演出らしい演出での再演を望むSt.Ivesでした。

2009.06.10 Wed » 売れてます

どうも、MTTの振るプロコフィエフの5番を聴きながらのSt.Ivesです。

帰りがけに書店に寄ったのですが、相変わらず「1Q84」は品切れ状態で、報道ではすでにミリオンセラーらしいのですが、同時にこんな記事がありましたのでご紹介。


村上春樹さん:「1Q84」ブーム過熱 発売12日目で100万部超え 作中のCDも品切れ


で、注目は後半の「作中のCDも品切れ」でして、セルの振ったシンフォニエッタの注文が急増したそうで。しかし、

「発売元のソニー・ミュージックジャパンインターナショナルによると、同作品はCD化した90年以降、20年間で6000枚を出荷したが、「1Q84」発売後のわずか1週間で、同数の注文を受けた。」

というソニーのコメントには、まあそんなものかと思いつつ、クラシックは長く売る必要があるんだよねえと思ったのでした(多分販売先の殆どが公共図書館ではないだろうか)。それと、Book1を購入した60万人余のうち6000人しかシンフォニエッタに興味を持たなかったのかなあ、あるいは残りの59万人余りは皆セルのシンフォニエッタを持っていたりして。


セルのシンフォニエッタを注文した人は多分Book1だけしか読んでいないはずなんで、今後Book2に読み進む人が増えることを見越して、今のうちに小澤指揮のシンフォニエッタを買い占めて高値転売を狙おうかとか思っているSt.Ivesでした。

2009.06.07 Sun » かんたんに

どうも、夏風邪にやらているSt.Ivesです。でも、チケットがもったいないとアンデルジェフスキ@サントリーには行きました。

非常に素晴らしかったです。いずれの曲も、息をするのもはばかれる弱音と緊張感溢れる恐ろしい演奏でした。
未定だったシューマンは「暁の歌」であり1曲目に。アンデルジェフスキの希望で曲間も曲の終わりも拍手はなし。暗い作品です、全然暁が見えない、不協和音を若干どぎつく浮き立たせて、崩壊寸前の精神による崩壊しかけた作品をそのまま聞かせてくれました。
これで聴衆ノイズがもっと無ければねえ...。ベートーヴェンの31番の3楽章の曲間の静寂のまさに瞬間にカサをたおす大馬鹿がいるとは。レクター博士の気分も分かるような気もしますよ。それにしても聴いていて疲れた。

アンコールは、バルトークとバッハからでした。


家で布団に横になって、たらたらと村上春樹の「1Q84」も読了。Book1終了時点では、どんな空恐ろしい小説が誕生しようとしているのかと期待し、こんなことを書いてしまったばかりに村上春樹が困難な目に遭うのではと心配し、残りの分量でこれだけの問題を裁けるか?という若干の疑問をもってBook2に取り掛かり、「やれやれ」という感じ。

大傑作になり損ねた普通の村上作品でした。

ビッグ・ブラザー、コミューン、カルト、ディケンズ、DV、児童買春、利己的な遺伝子、ヤスケン、政教分離の問題、南京大虐殺、サハリンや満州での旧帝国臣民の棄民(特に朝鮮人)の問題、正義の殺人の是非、これらはただの「飾り」にしか過ぎませんでした、本当に「やれやれ」です。途中から、これは「マトリックス」かと思い、さらに進んで、「ダヴィンチ・コード」に似たようなシーンがあったなあと思い、もとの世界に戻るならば、高速道路にタクシーで向かうのではなく、資材置き場から非常階段を登って高速道路に出ようとしないとおかしいんじゃない?と完全にしらけモードでした。


疲れたので、もう寝ます。

2009.06.04 Thu » 5月8日 ランメルモールのシェーファー@フランクフルト歌劇場

どうも、セルを持っていなかったのでクレンペラーのシンフォニエッタを聴きながらのSt.Ivesです。奇妙にねじれて200Q年になっていなくて「やれやれ」です。Book1を読み終えた段階なので、感想はいずれ。ただ、みかけの構造は2声の、多数のマガマガしくナマナマしく重いテーマが織り成すフーガのような物語であります。


さて、表題のとおり5月8日のフランクフルト歌劇場でのクリスティーナ・シェーファーのルチアについて、極大雑把な感想を。


Musikalische Leitung: Roland Böer
Regie: Matthew Jocelyn
Bühnenbild: Alain Lagarde
Kostüme: Eva-Mareike Uhlig
Dramaturgie: Zsolt Horpácsy
Licht: Olaf Winter
Chor: Matthias Köhler

Enrico Ashton: Aris Argiris
Lucia : Christine Schäfer
Edgardo di Ravenswood: Matthew Polenzani
Lord Arturo Bucklaw: Peter Marsh
Raimondo Bidebent: Bálint Szabó
Alisa: Katharina Magiera
Normanno: Michael McCown

Chor der Oper Frankfurt
Frankfurter Museumsorchester


シェーファーの歌う「ランメルモールのルチア」、フランクフルト州立歌劇場の前には、彼女が歌う旨が張り出されていて、期待をいや増してくれました。もっとも、このオペラをCDで聞いたことは殆どなく(予習で一応聞きました)、実演は初めてなので、単にシェーファーの声と歌を聞きに行ったというのが実態であります。そうは言っても、シェーファーを含めて歌手はきちんと揃っていて、どの歌手も朗々と輝かしい声で歌っていることは分かりました。逆に、この手のイタリア・オペラを歌う歌手と大きく異なるシェーファーの声とノン・ビブラート歌唱(時たま混ぜていましたが)が非常に異質に、別世界の存在に聞こえました(その点では、あの世界に属していながら、最後はどこかへむこうに行ってしまったルチアの存在にぴったりかもしれませんが)。また、声量の点でも、細く鋭い声ということもあり、他の歌手対比で若干小さく感じなかった部分が無かったと言えばウソになります(このためでしょうか、ブーが3階席から飛んでいました)。ただ、そこは指揮者とドニゼッティも考えたもので、オーケストラの音量を若干絞り、また伴奏もルチアの部分ではそれほど盛大に鳴らさないし、ここぞ言うときや重唱では声を通していたので、聴取上はなんら問題はありませんでした。

「狂乱の場」については、音をピンポイントで当てるし、演技派・技巧派の面目躍如たる演技・表情と歌唱で、いやあ、才能の無駄遣いだ、ルルやマリー(「ヴォツェック」と「軍人たち」)はじめ、あなた以外で命を吹き込める歌手が少ない役が数多くあるのに!とか思ってしまいました。10月にベルリンに行きたいです。

他の歌手の中では、乳母役のKatharina Magieraが今後期待できるメゾではないかと思いました。声も良いのですが、容姿も良く、背丈があって体格ががっちりしている(太っているわけではない)ので、ズボン役としてはちょっと異質かもしれませんが、堂々としたオクタヴィアンや、舞台上で男勝りに映えるカルメンが期待できそうです。

演出については、アシュトン一族を現代の新聞社に移し変えていましたが、特段違和感はありませんでした。ただ、新聞社内なのに安易に部下を殺したりするのは、意味不明でしたけど。

ということで、演目はともかくとして、非常に満足した公演でした。


Book2が気になるけどもう寝ないといかんなあと思うSt.Ivesでした。

2009.06.01 Mon » みゅ~じっく とゅもろう

どうも、デジタルTVガイド6月号に掲載されていた28日午後9時放映予定のN響アワーの告知に大笑いしてしまったSt.Ivesです。そこには、「庄司紗矢香 20世紀の名曲を弾く!」(仮題)として「リゲティ バイオリン協奏曲第1番 ニ長調 作品19」と出ていました。何時第2番を作曲したのだろうか、あの作品が実はニ長調だったとは!、それに作品19は少なすぎないか、死ぬ前におなじみの演奏禁止措置でもしたのだろか、ベリオ同様に別のリゲティさんがいたのだろうか?と思いつつオペラシティに出かけて、あー、プロコフィエフの第1番を弾くコンサートを放映するのかと理解したのでした。なお、本日の公演は、BSのみで、地上波での放送はありません。ひどい話だ。


ということで本日の感想をば極めて大雑把に。

2009年6月1日(月) 午後7時開演 東京オペラシティ 武満メモリアル
ジョナサン・ノット指揮
NHK交響楽団
庄司紗矢香(vn)

原田敬子:エコー・モンタージュ オーケストラのための(2008)
斉木由美:モルフォゲネシス
藤倉大:secret forest for ensemble
リゲティ:ヴァイオリン協奏曲

ピアニストのリヒテルがジャン・バラケのソナタを理解すべく10回も聴いたという故事に倣えば、たった一回聴いただけで新作を判断するのは危険であり傲慢でありましょうが、アマチュアの特権を活用すると、端的に言って本日の新作はいま一つ面白味に欠けるというか、先日のハルモニカbyラッヘンマンの持つリアリティ、驚き、耳をそばだて「聴く」と言う行為に至らしめる点で大きく水をあけられてしまうのでした(でも今回はどれも寝ずに聴いた)。

どれもこれも、偽リンドベルイ、偽ブーレーズin 80年代に聞こえてしまい、御大には「よく出来ました、桜マーク」と褒められてもなあ、という感じ。斉木作品は作風がある意味一貫している点では良いのだが、パルスを打ち続けてその上に音事象を載せるアイデア自体は特段「それで何か?」ということだし、載せる音事象がそれほど面白味がない。結局、3作品とも小奇麗なプチケーキあるいはカラフルなマカロンを目指して作曲しましたと言われるほうが、身体の回復やら発生学やら森やらを引き合いに出されるよりは私には分かり易い。で、プチ・ケーキもマカロンもとても美味しいものを時に1個食べる程度なので、連続して出されるともう結構という気になるのでした。

一方、誰がなんと言おうと古今東西のヴァイオリン協奏曲の名曲中の名曲であるリゲティ作品は、ノリがいま一つ。N響も庄司も力演で、結構いいところも多かったのですが。それとオカリナの音がこれまで聴いた演奏とはちと違うような気がしたのが気になりまして、一方席からは全く演奏風景が見れず分かりませんでした(前列の某ミッチー氏は演奏中に席から身を乗り出して舞台を眺めていて、周囲の人は迷惑ではなかったのだろうか)。BSで確認しよう。


コンサート・ホールのホワイエで評論家の白石美雪を撮るカメラおじさんが多くて笑ってしまったSt.Ivesでした。
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AUTHOR : St.Ives

No hay caminos, hay que caminar...

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