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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2009.11.23 Mon » カプリッチョ(24日)

 どうも、パイナップルと青唐辛子のソルベの味が忘れられないSt. Ivesです。クールにしてホット、辛口にして甘口(おなじことか)という、これまで味わった中では、セロリのビシソワーズ、ウーロン茶アイス級に微妙な味でした。

 21日に新国のヴォツェックに、そして本日は日生劇場にカプリッチョを見に行きましたどちらも、歌手、オケ共に良い舞台でした。

 ヴォツェックについては、事前に信頼できる筋から初日がメタメタだったと聞いていたので、どうなる事かと思いつつ出かけたところ、ヘンヒェンの指揮が手堅くてもう少しドライブしてもよいような気がしつつも、総じて良い出来で、これで出来が悪いとは厳しい批評だなあと思っていたら、その筋曰く初日とは打って変わって歌手もオケも良くなっていたとのこと。一回だけ聞くのは考えものであります。
 演出に関しては、新国のレストランには出るのに舞台には出ない真っ赤な月や竹馬もないのにホップホップというのはともかく(子役は子供店長並みに達者)、あの水溜りが謎でありました。水音が常にするので、多分歌い手は「歌手に配慮を」と思ったのではないでしょうか。それ以外の演出としては見慣れた抽象的空間で行われるあまり新奇さのない舞台であり、また、ヴォツェックに対する非人間的な扱いは、「人間」に見える人々が平然と行うからこそ恐ろしいのですが、そのあたりは伝わらない演出でした。


 一方、カプリッチョは、もう一回見に行けばよかったなあと思ったのでした(ただ、昨日のチケット買っていたら、本日は「ヘンリー六世」全3部を見に行っていたでしょうけど)。

 歌手もオケも指揮もよいのですが、オペラにはやはり「劇場支配人」が必要なんだなあ、音と言葉に所作と光、衣装と舞台をあたえる人がいて初めて成り立つものだと思わせるものでした。

 特に演出の最もショッキングであったところは、騒乱の八重唱、引き続いて劇場支配人ラ・ロッシュの演説(実にすばらしかった)が終わって、「夕映え」の中で仲良くオペラ化の話とパリへの帰還を相談しているところにナチスのSSと思しき部隊が乗り込んできてそれまでの雰囲気が大きく変えられるところでした。開幕の六重奏において、舞台設定が1944年冬のパリ郊外とされ、二人のダビデの星をつけた男──後で作曲家と詩人とわかります──が、すっかり荒れ果てた伯爵邸に現われ、その後をナチスのSSが追いかけてくるシーンがあったにもかかわらず、2時間近くそんな時代とは無縁の面白おかしく、また優雅な情景が続いて忘れかけていた時であったから余計にショックを感じました。詩人、作曲家、女優はダビデの星がついたコートを羽織らされ、連行されようとしますが、詩人と作曲家は逃げ出します。ラ・ロッシュも、命令書に従ってか鍵十字の腕章付きのロング・コートを着るには着ますが、鍵十字を剥ぎ取り床に投げつけ、SSの隊長にピストルを突きつけられて退場します。
 この後は、悲劇と喜劇が同時に上演されさらに花火のおまけまで付きそうな一日から離れます。荒れ果てた室内に再び伯爵令嬢のマドレーヌが現われると、彼女はすでに足が不自由で杖を突きつつ歩む白髪の老女でした。ハースやウルマンと同じ運命を辿ったと思われる詩人、作曲家そして女優、戦後を迎えてもフランスでは対独協力者として事実上裁判なしに処刑されたかもしれない劇場支配人、そして彼女の兄や執事長も追憶の彼方へと消え、ゆっくりりと背中を見せつつ彼女は消えていくさまには、「薔薇の騎士」第一幕の最後とは比べ物にならない寂寞感が漂っていました。釜洞の声も、ある程度若い頃のマドレーヌにしては少し重く暗いかな?と思っていたのですが、老女になってからは実にぴったりでした。

 面白いアイデアというと語弊がありましょうが、マドレーヌが舞台奥には消えつつあるとき、傍らでプロンプターが舞台裾からプロンプター用の楽譜を抱えてあらわれ、詩人と作曲家の残したソネットとその楽譜をそっと拾い上げて、再び舞台の裾に消えていきました。このプロンプターのメイクが晩年のシュトラウスを思い起こさせるもので、演出家の手法からもトーマス・マンの「ファウスト博士」で描かれるようなシュトラウスやマンが親しんだある文化・時代・精神そして人々が失われたことを余計に思い起こさせました。

 なお、プロンプター・ボックスは、灰色で花と十字架が飾られ、さらにご丁寧に「Richard Strauss 1864-1949」とまで書かれており、明らかに彼の墓を模したつくりでした。時々ではなく、いつも劇場に彼、シュトラウスが現われてほしいものです。


 明日は、紀尾井にメンデルスゾーンの八重奏を聞きに行くSt.Ivesでした。
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2009.11.15 Sun » 買ってしまった

どうも、暑いのやら寒いのやらわからない気候に翻弄されているSt. Ivesです。昨日は寒さのあまり家でごろごろしていて新日po.に行くのを忘れていました。


本日は陽光で少し汗ばむ中、散歩がてら自転車で近所を廻って、その途中で平和台のヤマダ電機を見物したところ、購入を検討していたPCが従前調査よりもさらに数万円安くなっており、さらに20%もポイントが付くとうのに思わずクラっときて、購入してしまいました。デスクトップ型ですが、BSチューナーもBDドライブもあり画面は高繊細だし、ハードディスクは1テラも付いているし、そのほかの点でも4年程前に購入し、つい数時間前まで使っていたものとは格段に性能・機能が違うのに驚いています。なおOSはWindows7ですが、Vistaよりも早いし、XPに比べても遜色ない早さでとても満足しています。しかし、PCメーカーは体力勝負ですなあ。儲けはほとんどないのでは?

ただ、どういうわけかメールの送信ができないので、ネットでDTIまで行ってそこから送信して対応中。受信はできているので不思議です。

これから部屋を片付けないとと思っているSt. Ivesでした。

2009.11.03 Tue » 初期の「宗教改革」

どうも、朝は青空に突き抜ける美しい富士山を、夜は煌々と空に輝く満月を眺めながら練馬と横須賀を往復したSt.Ivesです。横須賀美術館にも行きまして、展示品だけでなく噂の建物とレストランも堪能しました。美術館について言えば、トンビの大群が虎視眈々と美術館前の芝生広場で昼食をとる人々の食べ物を狙っているのが印象的でした。油揚げを食べている人は見当たらなかったなあ。


さて、本日のコンサートの感想をば

2009年11月3日(火) 14時開演 横須賀芸術劇場

リッカルド・シャイー指揮
ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

メンデルスゾーン:交響曲第5番 ハ短調 op.107「宗教改革」 (初期稿)
ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」

後半のブルックナーは「ノヴァーク版」と書かれていましたが、じゃあどれ?とブルオタなら言うところでしょうが、まあ初稿でなかったのだけは確かでしたよ。それにしても長い曲で、2楽章では力尽きて寝込んでしまいました。どんな壮麗で上手な演奏でも金太郎飴のような作品は飽きるもんです。実は4番は好きではない上に、ブルックナーは、2番(初稿)、3番(初稿)、5番、6番、9番の4楽章ぐらいしかここんところ聞かないしねえ。iPodに一応ヤンソンス指揮RCOを予習用に入れておきながら聞き始めると寝込んでしまうんだよなあ。


そういうわけで、本日の私にとってのメインは「宗教改革」。先ごろ、下野指揮、読売日本交響楽団でも1番ともども聴きまして、2番よりは遥かによい演奏でありました。弦の編成も2番とは異なり小型にし、小気味よく聞かせてくれました。ただ、その後プレヴィンの振るN響、特にモーツァルトのピアノ協奏曲を聴いて、読売は音が汚いと改めて思ってしまったのでした。何とかしないのですかねえ、カンブルランにそのあたりは任せるのかな?


ではあらためて本日の「宗教改革」については、ひょっとして別の版を使ってくれるのでは?という期待もあり出かけたところ、シャイーはその期待を裏切ってくれませんでした、「初期稿」です。

この「初期稿」、プログラムには聴きなれないパッセージがあるとだけ書かれていましたが、始まってまもなくすると、頭の中で鳴り響く旋律と耳で聞く旋律がずれまくり、驚きの連続でした。とりわけ驚いたのは、第3楽章から第4楽章にかけてのブリッジ部分というか、第4楽章冒頭というのが正しいのかはともかく、そこの部分でした。オイレンブルクのスコアでもお分かりのとおり、現在の版は、第3楽章の終了後切れ目無く第4楽章に滑り込み、フルートが「神は我がやぐら」の出だしを奏でた後、木管等が絡んで主部に突入します。しかし、初期稿のその部分、第3楽章が終わると、頭が記憶していた旋律とは全く異なる聞いたこともない旋律をフルートが延々と独奏し、ちょこっと木管や弦が絡んだりしても、フルート独奏が続く、まるでフルート協奏曲という感じで、その後ようやく現在の版になじみのある部分に繋がっていきます。ジンマンの振ったベーレンライター版の「運命」のあの部分を初めて聴いた時と同じような衝撃を受けました。CDだったらリピートするところですけどねえ。

さらに、第4楽章のコーダ、これが現在の版と違って、無理やり盛り上がって終わらせるぞと言わんばかりでして(シューベルトのソナタでの困ったときのスケールのような感じ)、さらに「神はわがやぐら」が再帰しないまま終わって、「えー!」という感じでありまして、この部分だけ聞くと、あちこちで演奏が却下されたのも致し方ないかも、と思うのでした。

ライプチヒでも振ったとプログラムに書かれているので、いずれ録音が出るでしょうけど、いやあ「スコットランド」の録音を聞いて行く気になったのは正解でした。ただ演奏の良さに感嘆する以上に版の違いに驚きっぱなしで終わってしまったのが残念。



横須賀は遠いが来年の5月にツィメルマンが来ると予告されていたので、どうしようかと悩んでいるSt.Ivesでした。所沢だったら直ぐいけるんだけどねえ。
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St.Ives

AUTHOR : St.Ives

No hay caminos, hay que caminar...

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