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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2010.08.31 Tue » とりあえず読了

どうも、暑くてボーとしていて、ゴルトベルク変奏曲を聴いている内に寝てしまうSt. Ivesです。バッハの意図通り、ではないでしょうねえ。


さて、読了といっても、いまだソノラ砂漠に到達せず、違うところをフラフラしており、本日読了したのは、テリー・イーグルトンの「宗教とは何か」(大橋洋一+小林久美子訳、青土社)。

いくらなんでもこれは行き過ぎでしょうと思うところもある「神は妄想である」の著者ドーキンスを極北?とする科学合理主義万歳主義者をやり玉にあげて批判しつつ、一方でポストモダニストや既存宗教の原理主義者、さらにネオコンに「裏切り者」リベラリストもばっさばっさと切っていく、それもマルクスはどっこい生きていると「宗教」なるものについて書かれたこの書でも主張して驚かせてくれるマルクス主義批評家が(マルクスに対する批判も「宗教」に対する批判と同じ、不毛な知的基盤に基づくステレオ・タイプなものである点は変わりありませんと言いたい感じもする)。その上その文章は、「暴言」頻出の暴走気味で、まるで神がかって熱を帯びた教祖様の御説をうかがっているような、あるいはアジ演説を聴いているような、ホップ・ステップ・ジャンプが連続していくようなものでありました。主張ともども中々に愉快痛快であります。

とはいえ、私は特段何かの宗教を信じているわけではないんで、ホッップ・ステップ・ジャンプの文章に追い付けないまま、核心部分でいま一つもどかしいところはありまして、また、第4章「文化と野蛮」はちと難解というか、私の頭の中では「啓蒙の弁証法」とか「言葉と物」とかとごっちゃになってしまっていてもうこの章は直ちに読み直そうかと思っているところ。


でも、「宗教とは何か」で何かと引用されるヴィトゲンシュタインが登場するイーグルトンの小説「聖人と学者の国」(鈴木聡訳、平凡社)を久方ぶりに読みたくなったSt. Ivesでした。
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2010.08.29 Sun » ようこそ、アムステルダム国立美術館へ

どうも、アムステルダムならば昼食はインドネシア料理だなと思いつつムルギーのカレーを食べてしまったSt. Ivesです。


ということで、渋谷のユーロスペースで上映中の映画「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」を観に行きました。

上映場所や時間の詳細はリンク先へ譲るとして、アムステルダムの国立美術館は改修前に一度だけ観に行ったことがありますが、非常に巨大でありました。そしてその後は、隣の建物でのマスターピースのみの展示を見ていましたけど、その展示はコンパクトで「夏の日本人観光客」ならばこれでも良いかもとか思いましたが、映画をみていていやいや夏の日本人観光客は迷いませんよサイクリスト協会「通路を救う会」の方々とか思いましたね。入り口が多数ある方がよっぽど迷います。

それにしても、建築家が嘆いていましたが、妥協の産物で実に詰らんコンセプトの入口になってしまいましたし、タワーも小さくなってしまいました。彼らからしたら、事情を知らない後世の人々から、二流の才能と評されることを懸念したことでしょうねえ。あれでは普通の入り口と変わらんです(もっとも、デザインに凝り過ぎてシャルル・ド・ゴール空港のターミナルのようになるのも困りものですけど)。


もしも、この映画を坂口安吾とか三島由紀夫がみたら大笑いしたことでしょう(笑いの中身はそれぞれ異なりましょうけど)。そして、民主主義的手続きを求められる現在は、関係者が多すぎて建築家は大変だなあと思いますよ(もっとも、芸術にとってパトロンの存在は、その形態の如何を問わず、いつでも大変ですが)。実際、オレンジ共和国撲滅に躍起となって失敗し、つい最近ようやく民主化を果たしたスペイン帝国の末裔の建築家達が、「これは民主主義の悪用だ、民主主義とはもっと崇高なものだ」という旨のセリフを述べていたのが印象的でした。

ただ、悪用かもしれないけれど、南地区委員会やサイクリスト協会に対してちとエゴと意地悪さとお役所仕事的胡散臭さを感じますけれど、我が国の成田空港や沖縄の基地の問題をみるにつけ、物事の手続きの正当性・妥当性、市民の参加と合意形成こそ民主主義なんだなあ、笑えん映画だなあと思いました(そうそう、アムステルダムに行けば、サイクリスト協会の力に思い至りますよ。市民全員が自転車通勤・自転車通学をしている感じ)。

ただ、映画自体から受ける印象は、そうした重い内容をほぼ全くといっていいほど反映したものではなく、美術館の改装と再展示をめぐるストーリーをメインに追いかけており、そこに働く人々のプロ意識、情熱と幻滅、内部での議論、具体的な作業を描き出していて、すこぶる興味深いものでした。美術史的に価値のない絵は、ポストモダンの時代でも中々展示されないんだねえ。

なお、この映画、美術館再開を期に上映する予定だったのが、延期に延期を重ねたので途中経過ということで上映することにしたそうです。ということで、PartIIが、現在の美術館再開予定の2013年には上映されるかもしれませんが、どうでしょうかね?



アムステルダム国立劇場にまた行きたいなあと思うSt. Ivesでした。メールで来た来シーズンの案内だと、「軍人たち」を再演するし、メッツマッヒャーがリームの「デュオニソス」を振るし、ラトルが「薔薇の騎士」を振るし(奥さんがオクタヴィアンを歌う)、ナディア・ミヒャエルがレオノーレを歌うし、ため息しかでませんよ。

2010.08.28 Sat » ミシュランの三つ星に行く

どうも、久しぶりのハイキングを楽しんだSt. Ivesです。


ということで、高尾山に登ってきました。最近はミシュランの三つ星に選定されたので訪れる人がにわかに増えたと言われているようですが、私もそうした物見遊山の一人です。

当初は、ケーブルカーかリフトで途中まで行ってそこから薬王院経由で山頂を目指して帰ろうかと思ったのですが、せっかくトトレッキング・シューズを履いてきたことだし、山道を登るかと「稲荷山コース」を選択。久しぶりということもあり、当初は相当にきつかった。この程度できついとか言っていては富士山登山など出来ないぞと自らに言いきかせつつもきつかったその道も、、半分ほどの稲荷山の展望台あたりからは楽になりました。ただ山頂手前の最後の100m程の階段は、非常に厳しかったです(私だけではなく、山道を登る人たちも階段はきついと口々に言っていました)。それにしてもこの道を、殆ど荷物も持たずに走り下りてくる人達がいるのには驚きました。

頂上は非常に大勢の人で混雑していました。ハイキング・スタイルの人が多い中に、スニーカーや中にはゴム草履の人もいまして、1号路(当初の登坂予定ルート)だと何とかそれでも行けなくはないのですけど、止めた方が良いですね。

頂上で弁当を食べていたらカマキリが頭上から落ちてきたり、巨大なカラスアゲアの仲間がヒラヒラと何匹も飛んでいるのを見ながらしばし過ごして下山。さすがに陣馬山や相模湖方面には行く体力的余裕はなかったので、素直に高尾山口を目指しました。

つり橋のある4号路は、最近の大雨で山道が崩れて閉鎖されていたので、3号路を行こうかと思ったら間違って1号路を歩いていまして、国土地理院の2万5千分の1地図を持たずに、陣馬山の方に行かなくて良かったと思ったのでした。昔々、飯能から吾野にかけての山道を地図を持たずに歩いて放浪してしまったことがあったからなあ。iPhone4の無料アプリ「標高ワカール」やグーグル・マップは山の中でも使えたけれども、やはり地図は必要です。


そう思いつつ、薬王院を過ぎ、ケーブルカーやリフト乗り場に近づくと、1号路とは別の道が、装備をきちんとしていない人は止めた方が良いと書かれているけれども、ちょうど登ってくる女性はコンバースのバスケットシューズ・スニーカーだったので、あの程度の靴で来たならば、私の靴ならば全然大丈夫かと思って行ったら、これはガイドマップにあるような路ではなく、1号路と6号路の間を結ぶ本当の山道でありました。道は、とがった岩がむき出しであったり、崩れているような感じのところもありと非常に足場が悪く、足首をねん挫しそうになりつつ、何とかびわ滝に到達。あんなに柔らかい靴底の靴であの道を登ってきた女性は、足の裏が死んでいるのではなかろうか?

そのびわ滝では、まさに修験道の滝行が始まろうとしていました。幾ばくか(トータルで1万円くらい?になりそう)を払えば滝行を受けられるらしく、男性4人、女性十数人が白装束で修験道の人の説明をきいていましたが、その人は足の置き場、手の結び、掛け声、終わったら借りた白装束は脱水すること等を延々と説明をしていまして、正直、私は覚えきれませんでした。縁なき衆生ということでしょう。なお、実際に滝に打たれるところは山道からは見えませんでした。

びわ滝からは6号路をたどり高尾山口へつき、「高橋家」というい店で冷やしとろろそばを食べて、さらに無料送迎バスのある「高尾の湯」に入って帰りました。初高尾と久々のハイキングは中々に楽しかったので、次回は陣馬山方面まで行こうかと思っています。


明日は、「アムステルダムの国立美術館」を観に行く予定のSt. Ivesでした(起き上がれるだろうか)。

2010.08.17 Tue » カゼッラ1、2,3

どうも、カゼッラの交響曲第1番を聞きながらのSt. Ivesです。


NAXOSから出た下のCDを本日入手し、今聴いています。

カゼッラ交響曲第1番 NAXOS 8.572413 Francesco La Vecchia指揮、ローマ交響楽団

なお、この後、このコンビで交響曲第2番、第3番、スカルラッティアーナ他の3枚が出される予定。

さて1番、カップリングされている弦楽、ピアノ、ティンパニ及びパーカションのための協奏曲op.69と比べると全然別人の作品。カゼッラというとop.69のぎくしゃくした新古典派的イメージですけど、この交響曲は、ロシア風ワン オブ ワーグナーのエピゴーネンのような作風。ワグネリアンでない私でも、ラインの黄金、ワルキューレ、マイスタージンガー等の旋律がごたまぜになっているのが分かるほどです。3楽章の最後はパルジファルっぽいですな。

一方、すでに下のノセダ盤もある2番

ノセダ盤CHAM10605 ノセダ指揮 BBCpo.

マーラーへの傾倒ぶりもあらわで、時々カゼッラがピアノ用に編曲した7番の節回しがひょっこり現れてくるのがほほえましい。

そしてようやくカゼッラの作風で書かれた3番、でも同時代の協奏曲に比べると小気味よさがなく、意欲だけが空回り気味しているような感じなのが惜しい。
交響曲第3番フランシスcpo 777265 フランシス指揮 WDR交響楽団

影響を受け易かったのか、オマージュとしてなのか分からないけど、他人の作風からの借り物で作っているという感じがあるところがかつて作品評価上のネックだったのでしょうが、それがポストモダンの今や魅力となっている、ハズはない。まあBクラスの作曲家で結構ですよ、私さえ楽しめれば。

NAXOSには是非とも「ミサ・ソレムニス」とオペラを録音して欲しいところです。できれば、もうちと力のあるオーケストラで。


「ポストモダン」という語自体が古臭く感じてしまうSt. Ivesでした。これからBBCマガジンの付録のノセダの振るマーラーの7番でも聞こうかな。

2010.08.15 Sun » インセプションとアリエッティ

どうも、iPhone4の使用感に驚いているSt. Ivesです。電波もちゃんと入るし、ネットもサクサクと見ることができるし、軽いし、これは素晴らしい。


さて、本日は、標記の2つの映画を見に行きました。最初がインセプション、間をおいて「借りぐらしのアリエッティ」。


すでに、あちこちで書かれていますがインセプションは実に面白い。予告編だけでは何が何だかでありますし、マトリックス?という感もありましょうが(確か、こちらの「アーキテクト」には「設計士」という訳語が与えられていました)、違います。あまり書くとネタばれになるかもしれないので書きませんが、観終わった後で、ようやくCLASSICAのIIOさんのブログを読んで、2回見るのもうなづける面白さ(でもハラハラドキドキかつ目と耳が追い付かずで、終わったら肩が凝った)。私は、最後の方、空港からのシーンは私は目を凝らしてみましたが、いないようでしたがどうでしょうかねえ。PartIIは創ろうと思えば作れそうだけど、創らないだろうなあ。

一方、「アリエッティ」、見ようによっては巨大怪物の徘徊する世界でのアクション映画(もっと○○○○とか○○○がいそうなのだが)で、のびやかな動きとガリバー旅行記の巨人族の国を思わせて楽しめました。筋で最大の謎は、ハルさんは何を目的としていたのだろうか?それと、その後の一家が気になります(ただ、今のうちに引っ越して良かったかも。あのおばあさんが亡くなれば、家の後ろに見えるのと同じようなマンションになるだろうからねえ)。宮崎映画にしては難しいテーマでもなく、素直に楽しめました。


2010.08.09 Mon » スピーカー・ケーブルの交換

どうも、本日は夏休みで家で過ごしたSt. Ivesです。しかし午前5時過ぎに猛烈な頭痛で目が覚めて昼過ぎまでへばっておりました。


さて、頭痛がおさまってから本日の予定のスピーカー・ケーブルの交換作業を開始。先々週の土日にこれまでのシャークワイヤーという台湾メーカー"のMusical Love"といいベタな名前のスピーカー・ケーブルから最近オーディオ雑誌で話題のZONOTONEの6NSP-6600S Meisterというケーブルに交換しておりました。シャークワイヤーのケーブルは高音重視で好みでしたけど、CDプレーヤーをDENONのαS1からDCD-SXに切り替えたら、ありゃ?という感じでいま一つ音が冴えない。ラインケーブルをACROLINKからOYAIDEに、さらにACOUSTIC-REVIVEの製品に変更してまあまあまでの音にはなったのですが、さすがにSACDを購入して1年経って慣らしも終了してこの程度の音ではあかんと、とりあえずスピーカーケーブルの交換に乗り出すことにして、先週ZONOTONEへ変更。

さて、ワルキューレの第2幕ぐらい長い昔話はこれくらいにして、このZONOTONEのスピーカー・ケーブル、社長が低音重視でつくったと雑誌等で語っているだけあって、押し出し、スケール感、立体感ともども驚異的に改善し、恰幅の良い音楽が聞こえるのには満足したのですが、いかんせん低音重視が効きすぎてとてもあり得ない低音が聞こてくる。所有スピーカー(B&W802ノーチラス)のウーファとミッドレンジとの分岐点前後の低音だろうと思うのですけどねえ、妙な強調があります。ハーン独奏のサー・コリンが振るエルガーのヴァイオリン協奏曲(SACD盤)を聞くと、バービカンでの2回の実演ではLSOはこんな低音は出していませんでした。さらに、ラルキブッデリの弾くメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲にはコントラバスは入っていません(ストラディバリウスのコントラバスなんてあるんだろうか?)。また、高音域の輝きにいま一つ欠けるんで、プレヴィン指揮VPOの「薔薇の騎士」組曲のキラキラ感がちょっと欠けてしまう。しかしどっしりとしながら非常にノリの良い音が聞こえるので、ラルキブッデリの弾くメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲は聞いていて楽しいんで、おしいなあ。ちなみに、この3枚はオーディオ製品選びの基準CDです(ボホールとかセクエンツァIIIでは近所迷惑になってしまいます。でもペルセファサは奥行き感と音像の定位を調べるのに使います)。

そこで、比較的手ごろなお値段でこの辺りを改善してくれそうなケーブルを求めて、雑誌を眺めるとACOUSTIC REVIVEのSPC-REFERENCEという製品がどうもよさそうなんで切り替えたところ、ZONOTONEより若干おとなしめではありますが、ブーミーな低音は改善し、高音の輝きというよりキラキラ感も復活。クリアな音像は定位もよく、奥行き、スケール感もあり、かつ音が渋くでも官能的で、何より視聴3枚とも雰囲気があって良いということでこれに決定。

その後、ラインケーブルも3つほど比較して、結局現在使用中のACOUSTIC REVIVEのXLR-1.0PAIIが若干ばたつくOYAIDEをかわして勝利しまして、これで当面は行くことにしました。とはいえ、近い将来アンプを交換したらまた音が変わって(かつ想定と異なり)悩むんだろうなあ、ということでZONOTONEもシャークワイアーもOYAIDEもその時に備えて仕舞ってあります。


オーディオ製品の中でも切り売りケーブルは試聴が出来んから困るなあと思っているSt. Ivesでした。
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St.Ives

AUTHOR : St.Ives

No hay caminos, hay que caminar...

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