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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2011.12.31 Sat » 取りあえず、今年の〆

どうも、ということでイザベル・ファウストの弾くバッハの無伴奏ソナタ&パルティータ集を聴きながらのSt. Ivesです。これが今年最後に聴く曲になるかは分かりません。


とううことで、日詠一日CDを聴いて過ごす。まずはノーノの「断章、静寂、ディオテォマへ」をラサールSQの演奏で聴く。雄弁な沈黙、今年一年を思い返す。

続いて、さすがに昨日のトーマス・マンの「ファウスト博士」ではとナガノ指揮リヨン歌劇場でブゾーニのオペラ「ファウスト博士」を聴く、ただし、ヤルナッハ版ではなくボーモント版で。最後の合唱が意味深い。さらにダメ押しとばかりに、ヘレヴェッヘ指揮によるシューマンの「ファウストからの情景」を聴く、努力せよ、ひたすら上を目指せ、救済はそこにあるという意味合いはシューマンの作品からは殆ど感じられないが、第2部最後のアルベリヒかハーゲンの如きファウストを作曲したところに多少それを感じることもできようか。


はてさて来年はどのような年になるのか?生者が死者を羨むような世界ではないことを。

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2011.12.29 Thu » SACD盤のクレンペラーの「大地の歌」ほか

どうも、クレンペラーの振るメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」を聴きながらのSt. Ivesです。聴くたびに「さまよえるスコットランド人」だなと思うのでした(実際、来年200歳を迎えるかの人の作品にはパクったとしか言いようがない部分があるし)。


ということで本日は、SACD盤のクレンペラーの「大地の歌」を聴きました。エソテリックのではなくEMIの方のです(エソテリック盤買いそびれてしまった)。

「レコード芸術」2012年1月号に、いまだLPでしか聴かんと主張される批評家の方々の視聴記がでていたかと思うのですが、彼らの聴いているLPとの比較は分からないものの、CDと全然違う生々しさ、色彩感で印象一変でありました。30年くらいまでに図書館でLPを借りて聴いて以来、この演奏は墨絵のような白黒の濃淡に色彩が感じられると思っていたのが、それは表面に着いていた煤・埃を見ていたのでしたという感じ。そしてオーケストラだけでなく歌手、特にヴンダーリヒの声の輝かしさにも感動しました。彼は、上手いとは思っていましたが、声の張りや艶やかさもより克明になり、本当に早死にが惜しいと思うのでした。ということで、今聴いている「スコットランド」も買おうかと思っているのでした(1月に出るマーラーの7番はマストでしょうけど)。


続いてサロネンの振る「はげ山の一夜」、「マンダリン」、「春の祭典」をSACDで聴きました(DG)。SACDでまだ聴いていなかったことを思い出し(iPodに録れてあるので、スピーカーを通して聴くことが無かった)、かけてみて、オーこんなに生々しく音が入っていたのか、グランカッサが凄いぞとSACDの威力を再確認(演奏自体はもととも素晴らしいものであった)。


一方、うーむと思ったのがシャイーの振ったベートーヴェンの交響曲全集。本日の第九ですべて聴きましたが、アップテンポではなく「せっかち気味」、「前につんのめり過ぎ」といった方が近い感じで、アントニーニやガーディナー、あるいはハイティンク(LSOライヴ)あるいは60年代のカラヤンが振った全集には到底匹敵し得ない出来でありました(もっとも、BSの放映やCD店の店頭で聴いたティーレマンの時代錯誤も甚だしい未来の無い演奏よりは遥かに良いのですが)。ゲヴァントハウスと組んだシューマンやメンデルスゾーンは素晴らしい出来だったのですけどねえ。そう言えば、アントニーニの続きは何時出るのかねえ。

その後、マンツォーニの歌劇「ファウスト博士」抜粋を聴いているうちに夜になったので、アンプの火を落としたのでした(今はヘッドフォンで聴いています)。


そう言えば、この間の「宗教改革」を聴きながらの朝の通勤時間、隣に座った女性がメンデルスゾーンのオラトリオ「パウロ」のヴォーカル・スコアを広げていたのを思い出したSt. Ivesでした。どこかで取り上げる予定でもあったかな?

2011.12.26 Mon » 行ったら中止だった

どうも、部屋の片づけが遅々として進まないSt. Ivesです。


ということで、勇んで津田ホールに出かけると、妙に人がいない。ポスターもない、ホール1階のエントランスにはぽつねんと女性が一人机に向かって座っている。中止(延期)とのことであった。ということで、ツィンマーマンのパースペクティヴを生で聴く機会はとりあえず去ったのであった。でも、一番聴きたかったのはベートーヴェンの「大フーガ」だったりして。もしかしてベートーヴェンの作品の中で一番好きな曲かもしれないと最近思うのでした(理由は自分でも分からない)。延期するならば、ここは本人による2台ピアノ譜があっても野平版を創って披露して欲しいものである。ギーレン翁の向こうを張って、内部奏法あり、キーやペダルを押し続けて共鳴させるもあり、最後は二人でピアノを破壊するのもあり、ではコンサートが続かないか。


ということで、今年の音楽会巡りは前回の野平一郎リサイタルで終わったSt. Ivesでした。大みそかは家で過ごしますよ、一昨年のピアノ・ソナタ、去年の交響曲ときたら今年は弦楽四重奏曲かピアノ協奏曲かという気もしていますけど、今年はパスしておこう。

2011.12.25 Sun » 都内をぶらぶら

どうも、レーガのベートーヴェンの主題による変奏曲を聴きながらのSt. Ivesです。明日の予習です。ちなみに弾いているのはリヒテルです(2台ピアノ用の作品なのでもう一人いますが、名前を失念した)。


3連休のうち初日は所用で出かけ、昨日は家でバッハのクリスマスオラトリオ(アーノンクール&シェーファー)とリゲティのレクイエム(エトヴェシュ指揮)を聴いたりして過ごしましたが、本日は何の用もなくぶらぶらと御徒町の方にある「2k540 AKI-OKA ARISAN」とかいうところを見物に。

HPを見てわかる通りJRが高架下に職人・デザイナー等にスペースを貸し出したもの。器や木細工、革や布製品が並んでいます。以前、代官山の大人ツタヤでHacoaの筆置きを購入して、どんな会社かとHPを覗いて見たら御徒町にこんなスポットがあるのを発見。器屋tukuで手島氏作のコーヒーカップを1つ購入してしまった。

その後、秋葉原、お茶の水、新宿とオーディオショップ&CDショップを経廻った後でBIBLIOPHILIC & bookunion新宿で諸々購入。ここと上野駅構内のAngersぐらいでしか見たことがない、Holzのペーパーウェイトの真鍮製のものも探したのだが、見当たらず。伊勢丹で母へのプレゼント用にこれをボトルにさして注ぐだけでおいしくなるという注ぎ口を購入して帰宅。

これから「ラテン語のしくみ」(白水社)でも読もうかと思うSt. Ivesでした。いや、別に我が家の風呂にルシウス技師が現れるのに備えようというわけでないんだけどね。

2011.12.21 Wed » 野平一郎ピアノリサイタル2011 ポリフォニーの行方

どうも、シェーファーの歌う「冬の旅」を聴きながらのSt. Ivesです。寒さが身にしみます。

ということで、昨日のリサイタル(ただし聴けたのは後半だけ)について簡単な感想をば。

野平一郎ピアノリサイタル2011 ポリフォニーの行方...

2011年12月20日(火)東京文化会館小ホール

プログラム
・バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻より
  第1番、第4番、第14番、第23番
・ホリガー:パルティータ(1999) 日本初演
   休憩
・シューマン:花の曲op.19
・ブゾーニ :対位法的幻想曲
(アンコール)
・モーツァルト:ピアノ・ソナタ
・バッハ:G線上のアリア

ということで、後半のみ。シューマンの印象は次の曲を聴いている内に消えてしまったので割愛するとして、ブゾーニの対位法的幻想曲について。生で聴くのは初めて、CDでも殆ど聴かない曲。聴き始めて、「ベートーヴェンのハンマークラヴィーア・ソナタを初めて聴いた人が途方にくれたのは多分こんな感じかなあ」という思いに捉われる。家で聴いてもとらえどころも、掴みどころもないまま、次々と音が増殖して溢れていくうちに40分過ぎていく。実演でも何か複雑だなあ、分からんねえと聴いているうちに大団円を迎えたのでした。ともかく力演。次に実演で聴く機会はいつになるやら。

拍手に促されて、「耳に難しい曲ばかりだったので、耳に優しい曲でも」と弾き始めたのがモーツァルトのソナタ。うっかり番号を忘れたけど、転調しまくって先行き予想が立ちづらく、個人的には好きな曲。さらにかなりの快速テンポで好ましい。

さらに、今年の記憶と祈りと共に、G線上のアリアが最後に弾かれたのでした。あれからもう9カ月とは。


これからレコ芸1月号でも読もうかと思うSt. Ivesでした。まさか、ミンコフスキーのハイドンが大賞とは!ってHMVとかで先に知らされていたけど、大賞をとれたのは「タモリ倶楽部」のおかげかな。


2011.12.10 Sat » デュトワ指揮N響 ブラームス&バルトーク

どうも、月を時々眺めながらのSt. Ivesです。

ということで、本日のN響、バティアシュヴィリのヴァイオリンが意外に硬い音だったのに驚きました。高音域が特にそう感じました。ブラームスの1楽章はもうちと締まった演奏の方が私の好みでありますが、全体としては楽しめました(2楽章はよござんした、あれなら頭痛用に使える<私は頭痛がするとこの曲を聴いて痛みを和らげている>)。それにしても誰のカデンツァを彼女は使ったのだろう?


バルトークは「青髭公の城」。パリ・オペラ座来日公演以来の実演。毎回聴くたびに、「どうして青髭はこんなめんどい女と結婚する気になったのかな?結婚契約書に『部屋のことは尋ねない』という項目を入れ忘れたのがそもそもの失敗だな<もっとも、「名を尋ねるな」という条件を反故にする困ったチャンもいるからなあ>。さっさと第7の部屋に閉じ込めるか、実家に送り返せばよいのに、大体雲から血の影がしているとかそんな嫌味っぽいことを言うだけでもダメだよね、土が赤いのは水はけのよい土でもつかっているからだろうし、ピンクダイヤを見たことがないのか?アリアーヌが来るまでそこで待っていなさい」とか思うので、この曲は家でも殆ど聴かない。


ということで、歌手もオケも立派な素晴らしい演奏とは思うものの、今一つ乗り切れずに帰宅したのでした(そもそも「マンダリン」だと思って出かけて行ったのだった...)。


では、再び月でも

2011.12.04 Sun » 一柳の8番

どうも、ここんとこシュールな悪夢で目が覚めるSt. Ivesです。3日連続と疲れる夢であったが、本日はとびきりで、「巨匠とマルガリータ」に出てくるような悪魔が扉を開けて、元の世界に戻るんだと向こうにいった人(昔の上司)が鼠になってしまい、そこを猫に襲われるなんて(そこで目が覚める)。そもそも、扉のこちら側の世界も異様で、私が米国に行っている間(何時行ったんだ?)に日本が思いっきり落ちぶれたのか文化・文明が後退していて、手書きの時代に戻ってて、何故か主要輸出品が(野菜の)カブと鉄道模型(ただしメルクリンの下請け)というもの。一昨日は小林健一郎が指揮するブルックナーの交響曲第9番の4楽章版を聴きにいって強風の中を田舎道を延々と歩いて小学校で展示してある美術品に悩み、川を岩を飛びながら渡る夢だったし、昨日は、クラシックで重厚なホテルの一室で延々と米国人相手に日本語で温泉について議論しまくる夢だったし、今晩は一体どんな夢をみることが出来るのだろうか。

それはともかく、本日の一柳の演奏会

東京シンフォニエッタ2011第30回定期演奏会
一柳慧特集
指揮 :板倉康明
ピアノ:一柳慧
演奏 :東京シンフォニエッタ

・シュトックハウゼン:ツァイトマッセ 5人の木管楽器奏者のための(1955-56)
・一柳:弦楽四重奏曲(1956-57)
・一柳:ビトゥイーン・スペース・アンド・タイム 室内オーケストラのための(2001)
・一柳:トリオ・インターリンク ヴァイオリン、ピアノ、打楽器のための(1990)
・一柳:レゾナンス・スペース クラリネットとピアノのための(2007)
・一柳:交響曲第8番 リヴェレーション2011 室内オーケストラ版(2007)

何故、シュトックハウゼンが?と思ったら、プログラムによると一柳自身にとって一つの事件となる作品だったからだそうだ。まあ、現代音楽史上では高く評価されている作品だからねえ、でも当時はともかく今聴いても全然面白くないんだけど(これが同時期のブーレーズ作品が今聴いても「美しい」のと違うんだよなあ。まあ、細かいクルクルとカールするような音形は好きだけど)。

続いて、一柳の初期を締めくくるという弦楽四重奏曲。導入部以降は複雑怪奇で何をやっているのかよくわからない。聴こえてくる響きは、シェーンベルク・ヴァージョン3.1という感じ。スコア観ながら聴いたら面白そう。

ビトゥイーン・スペース・アンド・タイム、40年近い歳月で響きが全く異なり、とっても耳に聴き易い。ただ、最後のドラはいらないんではないか、ベルクじゃないんだし、あまりに明々白々な終わらせ方でで、昨日のフランツ・シュミットの交響曲第2番を思い起こしてしまった。

続く、トリオ・インターリンクとレゾナンス・スペース。スペース・アンド・タイムのような妙な居心地の悪さはなく、響きも楽器間の間合いも良く、非常に私好みの作品。一柳のピアノも全然押しつけがましくなく柔らかい響きであった。もう78歳なんだよねえ。自作とはいえ指がよく動くねえ。

そして、最後の交響曲第8番。正直フランスに持って行くのは止めた方が良いのではなかろうか、晩節を汚す必要はあるまい。今更ペンデレツキの交響曲第2番のようなネオ・ロマンティシズムな作品を聴かされるとは思ってもなかった、特に最終楽章は、グランカッサが4拍子で延々と執拗に強打し続け、その周囲で他の楽器群がそれぞれ異なる速い音句を延々と繰り返す(アイヴスの交響曲第2番の最終楽章のコーダ部分を思わせる)、そして盛り上がりに盛り上がって、ジャンと終わるのであった。楽譜をみると、「演奏困難」とは言い難く、はっきり駄作と言ってあげないといけないのではないか。「3.11」に触発されたらしいが、変なプログラム性を物語を入れようとしてグダグダの作品になってしまったのかねえ。室内楽版の楽譜は7000円で、当日限定で販売されていたが、どれだけの人が買ったんだろうか。

そして、この交響曲第8番の管弦楽版が、来年8月末に東京都交響楽団によって取り上げられるのだが、出来はともかく、全体の楽想はフル・オーケストラの方があっている感じがする。あわせて、ピアノ協奏曲第5番「フィンランド─左手のための」という作品も初演されるそうな(ピアノは舘野泉)。うーむ、8番、確かにシベリウスっぽい感じの部分もあったが、「ピアノ協奏曲」に引っ張られたか。ともかく、シェーンベルクのそれのような編曲度合いかだけでも確認しに行くとしよう。


来年6月に都響は指揮者クーセヴィツキーのコントラバス協奏曲を取り上げるので、それは聴きに行かねばと思うSt. Ivesでした。

2011.12.02 Fri » シュミットの2番@トリフォニー

どうも、雪でも降るではないかと思うほど寒い中帰宅したSt. Ivesです。

ということで、本日のコンサートの感想をば簡単に


12月2日(金) すみだトリフォニー 午後7時15分開演

新日本フィルハーモニー
指揮:アルミンク

シューベルト:交響曲第3番D.200
フランツ・シュミット:交響曲第2番

交響曲第4番とか「七つの封印の書」とかは聴いたことがあるが、シュミットの交響曲第2番は初めて聴く。何というか、ヴィーンの同僚達が「演奏困難」だと言って取り上げたがらなかったのも分かる。はっきりいって、駄作である。やたら盛り上げようとする、延々と意味なく音と連ねていく、そこで変な不協和音を入れてどうする、etc.と突っ込みどころ満載で、なりはでかいが空虚な作品であった。はっきり駄作とは言い難い場合、「演奏困難」というのは良い言い訳であるなあ、と思った一夜であった。

演奏は立派で、デティールもよくわかるし、飽和した響きの中での様々な音の動きがくっきり聞こえるし、音は美しいし、なので余計に駄作ぶりが分かってしまうのであった。


明日は、一柳の交響曲第8番の室内楽版を聴く予定のSt. Ivesでした。来年8月末頃に取り上げられる管弦楽版との比較が楽しみだ、が、「演奏困難」な曲だったらどうしようか。
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St.Ives

AUTHOR : St.Ives

No hay caminos, hay que caminar...

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