本日 新国立劇場に「フィデリオ」を観に行く。
指揮 コルネリウス・マイスター
演奏 東京フィルハーモニー交響楽団
演出 マルコ・アルトゥーロ・マレッリ
レオノーレ=フィデリオ: エヴァ・ヨナンソン
フロレスタン: ステファン・グールド
ドン・ピツァロ: ハルトムート・ヴェルカー
ロッコ: 長谷川顯
マルツェリーネ: 中村恵理
ヤッキーノ: 樋口達哉
ドン・フェルナンド: 大島幾雄
出番は少なかったが、フロレスタン役のグールドは、声の輝かしさといい張りといい実に素晴らしく、これを聴けただけでも十分来た甲斐があったという感じ。というわけで全体の出来にはかなり満足。
大満足に至らなかったのは、これに対する主役レオノーレ=フィデリオ役のエヴァ・ヨハンソンは、声が少しきつく感じ、平板になりがちだったため。役的にも、実際に舞台で歌うのはきつい音の連続なんだろうとは思うが(ドレスデンのヘルツィウスはもっと声が硬くて絶叫調で辟易した記憶があるし、録音物で聞くのも似たような感じの歌が多いけれども)、それにしても少し残念。ただし、声は良く通り、全体を通してまずは満足出来るものであった。
ロッコ役の長谷川は、第1幕途中までは お金のアリアでも聴かれたが、入りの音が若干低くなったりすることあった。ただし、第1幕後半からはそうした部分が聞かれなくなった。結構堂々とした感じの良いロッコの歌を聞かせてくれた。
マルツェリーナ役の長谷川は、若干声質が硬く感じたけれども、オケとの音程もテンポもぴたりと合い、この暗いオペラに十分な華を与えていたと思う。
合唱は、オケのリズム感やテンポ感に乗り遅れ気味(あるいは指揮者が先走り過ぎか?)でずれていたところもあったが(特に最後があまりに目立ちすぎていた)、それ以上の不満はなし。
オーケストラはちと冴えない感じであった。昨日の東響の丁寧なつくりを聞いた後もあって、若干雑に感じた。これは、速め速めのテンポの指揮者のせいか?実際、指揮者の棒には序曲から(分かりきっているとは言え)大団円に向かってわくわくさせるところがなく、「ドン・ジョヴァンニ」からの剽窃かと思わせるドン・ピツァロの歌を支える凄み(切迫感あるいは重さ)も無かった。演出に大分助けられていたのではないかと思われる。
その演出は、基本的には良い演出であった。特に第1幕のマルツェリーネとヤッキーノのある意味で他愛の無い掛け合いが、非常に恐ろしい状況下で行われていることをあからさまにしていた点は個人的には高く評価している。彼女たちはそれが日常化してしまいそのあたりの感覚が磨耗してしまったのか、見て見ぬ振りをするのを習いになってしまったのだろうか(秘密は知らぬに限る)。
ただ、2点だけ違和感を感じた。一つは第1幕囚人の合唱シーンでの太極拳を思わせる動きや駆け足での退場。もう一つは、最終場面での花嫁と花婿の大群。前者はそれまでの流れの中ではありえない動きだったのに対して。後者は、意図は分かるが、演じられている場所と結びつかない唐突さに対して。それ以外は見ていて納得の行くものであった。
これからダラピッコラのオペラ「夜間飛行」と「囚われ人」(フランクフルト州立歌劇場公演のエア・チェック)を聴いて寝る。
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