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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。
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本家の方の「20世紀音楽市の興亡」を更新しました。第二次世界大戦後60周年ということで「1945年」です。

土曜日(13日)に教育TVにおいて「ゼロ戦」開発とその帰結について特集が組まれておりました。それは、大日本帝国海軍がゼロ戦開発で犯した過ちは最近の企業の不祥事でも繰り返されているんだねえという内容でありました。

例えば、
・現場の声の無視する
 :燃料タンク等の防弾装備が必要という声は海軍上層部に無視された

・何かしらの問題が見つかってもそれを無視して突っ走る
 : ゼロ戦に構造上の欠陥が事前に見つかったにもかかわらず量産を開始した

・結果に対する責任の所在を曖昧にする
 : 構造上の欠陥によって制空権を喪失し、南方戦線が崩壊の憂き目にあったにもかかわらず、開発責任者の責を問わなかった

・コスト・ベネフィットの概念が欠如していたことに加え人命を軽視
 : 防弾装備によって得られるベテラン・パイロット養成の時間・費用を考慮せず、軽量化による攻撃力だけを追求した

・科学技術や論理を無視して精神論(宗教的熱狂)を唱える
 : 「大和魂で戦闘機を落とす!」

等々、様々な企業の不祥事でみられる失敗の要素満載なのでした。


さて、こうした点からみると「終戦記念日」という言葉にはちと問題が含まれている気がします。連合国に対して日本が「無条件降伏」したという事実を直視し、そこから教訓や対策を得なくてはならないはずが、「終戦」という中立的な言葉で言い換えることによって無意識に避けている気がします(他人事というか、空から「終戦」が振ってきた感じ)。

私は、「終戦記念日」ではなく「敗戦の日」と称して、どうしてあんな結末に至ってしまったかに思い至らせる方が、より良い未来につながるように思いますがねえ。なお、「臥薪嘗胆」という意味でないことは言わずもがなです。








No.19 2005/08/15(Mon) 00:55
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