というわけで会社をさっさと脱出して再度見に行きました、「ひばり」を。席は前回とほぼ同じB列のセンター。
楽日が28日ということですが、やはり長時間の劇をほぼ連日ということで、お疲れ感が漂っている感じもあり。セリフ忘れが目立ちましたし、声が通らない人もいました(異端審問官の声も前回より張りが無かったし、最後の場面は後ろの席は聞こえなかったのでは)。また、声を無理に張り上げようとして、唾を飛ばしている人が、松たか子をはじめとして目立ちました(最後のシャルルのセリフでは大迷惑だったなあ)。全体の出来は前回の方がよかったと思います。
しかし、主役の松たかこ、ウォーリック伯の橋本さとし、コーションの益岡徹、シャルルの山崎一、検事の磯部勉のがんばりで見ごたえのある舞台であることには変わりありません
この劇で私が最も好きな場面は、シャルルとジャンヌとの二人きりでの対話、それもその終わりに近い部分であり、セリフはジャンヌの「第一歩は自分で踏み出さなくてはならない」というものですけど、今日もそこ場面は素晴らしかった(シャルルは私のイメージ通りの適役であります。なお、シャルルがジャンヌから逃げ惑うシーンでカツラが落ちるのは演出でした。若干無くもがなという感じもありますけど)。
そして、牢獄から火刑台上へのシーンへの転換、台本だけ読むとかなり無理が感じられる転換で、ジャンヌ役の最大の見せ所も、私にはピシッと決まっていた、理屈ではない演劇的真実をそこで見せ付けられた、と思います。
このシーンで少し気になったのは、フランス語の原典は読めないんで確認しようがありませんけど、鈴木訳(アヌイ全集第1巻)では、ウォーリック伯とジャンヌは庶民と貴族という意味で同じ人種ではないという訳(解釈)と受け取れるのに対して、岩切訳の今回の上演では、イギリス人とフランス人という人種の違いと明確に言っている点でしょうか。イギリスとフランスの対立、占領下といった劇全体の文脈からすると、岩切訳の方が正しそうですけど、このシーンではお高く止まって「生きることになれる」ウォーリック伯との対話とすると鈴木訳の方がよさそうだし、どっちなんでしょうかねえ(政治的な正しさは求めておりません。大体、事実上放送禁止用語の「きちがい」が連発されるし。NHKで本当に放送するのかな?)。
「ウォーリック伯のバラの色」問題は、考えてみればシャルルの最後のセリフにあるとおり、「我々の名がとり間違えられても」とあるので、良いのかもと思った次第であります。
DVDが出ないかな?
来週金曜日は鴻上尚史の「僕たちの好きだった革命」を見に行く予定のSt.Ivesでした。でも情勢は厳しそうだなあ。
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