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どうも、コイン商から送られてきたハンガリーのコダーイ生誕125年記念コインを眺めながらのSt.Ivesです。因みに没後40年でもありました。
さて、レコ芸10月号の今月の特集はシベリウスとグリーグ。没後50年と100年を記念してということでありますが、その特集の「交響曲」について執筆している諸石氏によると、マーラーとシベリウスは同時代を生きて交響曲を創作活動の中心にすえていたけれども、 「確かに生年は同じながら(1865年)、1911年には他界したマーラーと、その後46年を生きたシベリウスとでは単純な比較はできないが、交響曲という形式にこだわりつつも、独自の考え方と美学とで新しい感動領域を生み出した事実は動かし難く、交響曲がシベリウスの顔であり、また生きる証であったことも物語っている」 とのことです。私は机のフォトスタンドにオーストリア郵便が発行したマーラーの切手(1.5シリング)を挟んで飾っているのですが、そこには「1860−1911」と生没年が記されております。ミスプリでしょうか?そんなわけはありません。 こんな簡単な事実も調べずに書いているとは、さらにそれを編集部がチェックできないとは!メイン企画のメインの項目で、どうみても初心者向け解説(金子先生だったら良かったのですが)だというのに、この体たらく。個人の適当なブログではなく、れっきとした商業誌ならば、アンケートで読者の要望を吸い上げる前にやることをしましょう。 善意に見れば、生年を訂正するとこの文章の趣旨が崩れてしまうので編集部としては諸石大先生に物が言えなかったのかもしれません。でも、そもそもこの文章は何を言いたいんだかさっぱり分かりません。誰か解説をお願いしたいくらいです。 ということで、「確かに生年は同じながら(1865年)、1931年に他界したニールセンとその後さらに26年を生きたシベリウスとでは単純な比較は出来ないが、交響曲という形式にこだわりつつも、独自の考え方と美学とで新しい感動領域を生み出した事実は動かし難く、交響曲がシベリウスの顔であり、また生きる証であったことも物語っている」にしても意味不明だと思うSt.Ivesでした。
[この記事へのコメント]
今月号のあの特集は、ごく一部を除いて恐ろしいほど壊滅的でしたなあ。あんまり壊滅していて、もう笑うしかなかったです(^_^;。
No.162 2007/09/22(Sat) 02:31[編集]
どうも、シベリウスの交響曲があれでは困ってしまうのですがねえ。文学的な表現で解説を書いても良いのですが、意味が通ってなんぼの世界でしょう、個人的な感想文じゃないんだし。
8番についてはまとまったものを読んだことがなかったので、個人的には興味深かったです。 というわけでこれからR.パワーズの「囚人のジレンマ」でも読もうかと思うSt.Ivesでした。タイトルはどう物語に絡んでいくのかねえ。 No.163 2007/09/23(Sun) 21:19[編集] [コメントの投稿]
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