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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2008.03.31 Mon » オーウェルの小説をオペラ化できる作曲家は多分いるだろうが、それはマゼールではない

どうも、テツラフの弾くベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集(私家版)を聞きながらのSt.Ivesです。DATの寿命が終わりに近づいていることが如実に分かる盛大な雑音入り録音なのが残念であります(BBC3の電波状態が悪かっただけかもしれないけど)。いつ正規録音が出るのでしょうかねえ。


それにしても目を疑ったのはマゼールの「1984年」がDVDで売り出されるとのHMVの宣伝。作曲家としての才能のなさを、すべての英国の新聞の批評欄であげつらわれたのにねえ。今をときめくディアナ・ダムロウのラジオ体操の歌とか、キーリンサイトも出ているので、それなりに売れるでしょうけど。まだアデスのテンペストをNTSC、リージョン0仕様で出して欲しいものです。

568.jpg
第3幕の拷問のシーンかな?

ご参考までに、2005年5月3日の世界初演後に観られた英国主要紙の批評について書いた当時の記録を載せておきましょう。


<ここから>

さて、世界初演ということもあり、通常ならば明日5日の朝刊にのる新聞3紙の批評が今朝(註:4日)の朝刊に載っていました。はっきり言っていずれも「酷評」、私の感想(註:モーの「ソフィーの選択」よりは良かった)など甘い甘いというものでした。


<The Times>  "Not quiet Room101, but ungood doubleplus"


Newspeakを使っているので今ひとつ掴みかねる見出しですが、中を読むと、しょっぱなから「幸いにも一人のスター歌手が、恋の病にかかったウィストンを歌った一夜」と先行きが危ぶまれる出だし。案の定、オペラについて、まず退屈な場面が多いにもかかわらず、第1幕が「ラ・ボエーム」より長いのは問題であると指摘し、続いて、「オーウェルの小説をオペラ化できる作曲家は多分いるだろうが、それはマゼールではない」と完全否定してしまいました。一応、オペラ指揮者生活40年以上の経験から、カラフルなサウンドを与えていると評価しつつも、曲に一貫したイデオムが見当たらず、音響効果以上のものが無いとしています。批評家によると、オペラには言葉に代わる、劇的で人間的な深みのある音楽的掘り下げが必要だが、それが無いと感じているようです。特に失敗の原因を、殆ど明確な区分がない、歌うような長いダイアローグの多用にある(事実ではあります)とした上で、もっとも陳腐なのは、ウィストンとジュリアのデュエットであり、あれは「オペラ座の怪人」からの直接的な引用だと非難しています。やはり、誰もがあれを聞くと「オペラ座の怪人」を思い起こすんだなあ。
歌手については、最善を尽くしたと短い評価でした。星は五つ中の2つ。


<The Daily Telegraph>  "Brash, coarse but with power to grip"


比較的私に近い批評でした。作曲家として殆ど知られていない、さらに初オペラのマゼールから、そのチーム(BIG BROTHER PRODUCTIONS)を丸ごと買ったのには懸念があったと指摘。オペラの出来については、実質的な栄養の無いオペラ的なファースト・フードの断片を上手いこと混ぜ合わせたものとThe Timesと似たような評価を与えています。ただし、夢中にさせ楽しませるものであった(but quite engrossing and enjoyable)という評価も与えています。台本については、二人の台本作家の力を認め、マゼールのスコアに上手くあわせているとも評価していますが、マゼールの与える音響については、まさに軽々しく、粗野なものだと批判し、それは、カササギがピカピカ光るものを集めるように、ベルク、シュトラウス、ブリテン、ガーシュインそしてバーンスタイン(やはり...)のイデオムやアイデアの寄せ集めに過ぎないと指摘しています。さらに、オペラの構成や場面転換の主たる導きの糸はプッチーニであるというのが批評家の見方でありました。再び取ってつけたように、とはいえマゼールには些かは聴衆を捉える力がると評価した後、演出、歌手の批評に入ります。歌手については概ね好評。そしてこのまま終わるかと思ったら、最後に次のようなセリフでボデー・ブローを食らわして批評は閉じておりました。

「『1984年』は三流の作品であるかもしれないが、少なくともキーリンサイドの魅力は、このオペラを生き生きとした面白い作品のように見せてくれた。」


<The Guardian>  "Shoking waste of money on a shallow vanity project"


見出しからしてもの凄い強烈な批判ですが、中身はもっと凄かった。私なんぞ足元にも及ばない酷評。批評家は、コヴェント・ガーデンの「ヴァルキューレ」に星二つを与えていたClements氏。相変わらず自身の言葉に酔い気味の、正直何を言いたいのか分からん部分もある批評です。評価は星一つ、ということでほぼ全訳。


「底の浅い下らない企画への大いなる金の無駄遣い」


マゼールはインタビューの中で自身の新作オペラに対して、「聴衆からの衝撃と怒りを期待しています」と語っていた。衝撃と怒りは確かに初演の後にあるべきだろう、それが作品の劇的なインパクトやその感情に訴えかける力によるものでないにしても。

衝撃と怒りの双方は、まさにロイヤル・オペラ、この国際的な水準を保ち、名声を博しているオペラ・ハウスがこのような惨めで音楽的価値の無い新作オペラを取り上げたことであろう。

当作品は、今シーズンにロイヤル・オペラが取り上げた現役作曲家による唯一の作品である(来シーズンには現役作曲家の作品は取り上げられない)。何に対して誰が支払うったかということと、コヴェント・ガーデンがその基金からどれくらい「1984年」のための上演に投資したかは、最終的には無関係である。オペラ作曲家としてのトラック・レコードが全くない人物の下らない企画が明らかであるものに、オペラハウスは断じて資金を投下すべきではなかったと私は信じている。

歌手の一部を除けば、この悲惨な見世物から誰一人として人物が浮き上がらない。二人の台本作家による脚本は、ジョージ・オーウェルの明快で優雅な散文をキッチュで陳腐で下手糞な詩の混合物に置き換えている。

暗黒世界の寓話は意味も無く削られている。登場人物の性格は厚紙程度の薄さしかなく、主人公のウィストンとその恋人のジュリアですら何の性格的深みを与えられていない。そのため、彼らに体現され、小説の最後に全体主義の圧制の中で粉砕される人間性は、最初からこのオペラには欠けている。

マゼールは単に物語のサウンド・トラックを提供しているだけである。ヴォーカル・ラインは性格付けに欠け、彼のスコアは、明らかなパクリのオン・パレードであり、また不安定な劇的感興に対して、あるいはかなり重要な作品構造に対して何も加えていない(第1幕は100分、第2幕は50分弱)。

子供たちの合唱は、まるでライオネル・バート(Lionel Bart)の「オリヴァー」の残り物で書かれたかのような気にさせるし、ラブ・シーンの音楽は、プッチーニ風のヴェリズモとリチャード・ロジャース作品の間をふらふらする。

高まる緊張は脅迫的な、ハンマー・ホラー(Hammer-horror)のオスティナートによってシグナルを送られ、1920年代のヴァイルの音楽を思い起こさせる不器用な当てこすりの瞬間と化している。

そしてオブライアンがウィストンに対してBIG BROTHERを愛することを学ばなくてはならないと語る時、彼は、多分シリアスであろうこのオペラのクライマックスに相応しい調子よりはむしろ、アイス・クリームを売るのがまさに適切であろう調子で語るのだ。

舞台演出は、Robert LePageによる。そして彼のような傑出した演出家が、この作品でROHへのデビューを果たすことにしたのは、より恥ずかしいことである。彼は作品を劇的に引き締めることを殆どできず、あるいは物語を可能な限り効果的に示すこと以外のまさに瑣末なことだけが出来る。

Carl Fillionの舞台装置は重量感ある円形の大建造物である、そしてこれは各シーンにおいて異なったレベルや幾何学的構造物を見せるべく、巧妙に回転したり折り曲げられたりする、ただし、ウィストンの拷問機械と、有名なRoom101の小部屋におけるネズミとの出会いの場は過剰に精密であるけれども。

マゼールが勿論指揮する。オーケストラは彼にとっては十分うまくやっている。幾らかの歌手達も英雄的に演じている。Simon Keenlysideの演技と歌唱は全く疲れを知らない。そしてRichard Margisonはオブライアンの焦点の定まらない旋律に没入している。

Nancy Gustafsonは十分に温かみのある歌を披露しながらも、ジュリア役の焦点が定まっていない。少なくともDiana Damrauはジム・トレーナーとして開脚をすることが出来るし、同時に念入りなコロラトューラの披露を交渉することも出来る。

しかしながら、彼らの努力全ては無益なようである。ロイヤル・オペラハウスにおける新作で、殆ど効果がないことに多くが易々と費やされてしまった話は滅多にない(Rarely in a new work at the ROH can so much have been expended to so little effect)。先月の記者会見において、ロイヤル・オペラハウスの音楽監督であるパッパーノはマゼールの音楽に対する彼の賞賛をわざわざ表明した。

我々は既に演出家を選ぶ際のパッパーノの趣味が疑わしいことを知った。いまや我々は現役作曲家に関するパッパーノの見識が心底危なっかしいものであることを知るのだ。

(翻訳ここまで)

正直英語として分からない部分や訳し難い所もありましたし、皮肉とも賞賛ともつかぬ部分は上手く訳出できていませんが、ほぼオペラの全てに渡って激しく酷評していることはお分かりになっていただけたかと思います。
The Guardianに限らず、他紙もまさに歯に衣着せぬを地で行く、日本でしたら主催者から出入り禁止にされそうな内容ですが、こちらでは批評家の出入り禁止を行なうとオペラ・ハウスの方の面子が潰れるのでしょうねえ(さらに招待券ではなく、新聞社が自分で買っているのかもしれません)。

あの寄せ集めの音楽をどう評価するかですが、私は確信犯的にパロディを狙ったのだろうと思っています。40年間も現代物を含めて色々なオペラを振ってきていれば、自分の作品の響きがどう受け止められそうなのかは、あの頭の良い指揮者であれば分からないはずが無いと思います(ただし、マゼールなので、時間が無くて手抜きをしたという気もします)。チープな安っぽいラブ・シーンの音楽ですら、第1幕最後の幕切れから、第2幕の拷問シーンにおいては、実に貴重な、憧憬すら感じるものになります。
ただ第1幕が長いのは事実で、最初のHATE TIMEの合唱を短くするなど、第2幕とのつながりのため各シーンを維持しつつ、それぞれ短くする必要があるとは思います(HATE TIMEと公開処刑のシーンを一緒にすればかなり短くなります)。
マゼールはこの3紙の批評を読んだのでしょうか?

<ここまで>

そこのあなた、これだけ酷評された現代オペラをみてみたいと思わない?えっ、思わない、人間は冒険しないと!


バイロイト・セット33枚組みが8000円ちょいには驚いたSt.Ivesでした。クラシックのCDはどこまで安売りされてしまうのだろうか。
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