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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2005.10.20 Thu » 「夢見るゲルゲ」(10月18日)

ヤルヴィ父指揮、イェーテボリ交響楽団によるチャイコフスキーの「フランチェスカ・ダ・リミニ」を聴きながらのSt.Ivesです。この曲を聴くのは何十年振りだろうか。


それはともかく、18日にアルブレヒト指揮読売日本交響楽団によるツェムリンスキーのオペラ「夢見るゲルゲ」を聴きました。

オペラの筋は、世界変革を夢みて因習に満ち満ちた村からゲルゲは世間に飛び出したものの、貴族階級による圧制下、都市で極貧の生活にあえがざるを得ず悶々と過ごしています。すると、彼の演説上手を大衆動員に利用しようとパーティーが革命への参加を呼びかけます。しかしパーティーから、彼らが反革命分子であると糾弾している女と分かれるように促されると、ゲルゲは革命の大義を捨て、田舎に逃避して彼女との小市民的家庭生活に満足してしまうという、とんでもない男の話です(かなり左がかった解釈による)。

冗談はともかく、展開的には、この作品に遅れること5、6年、シュレーカーのオペラ「遥かな響き」に近いものです(シュレーカーが筋をパクッたのかは不明)。
シュレーカーの主人公が「はるかな響き」に惹かれてグレーテという許婚を捨てて世間に出て行く話ならば、こちらは、御伽噺の世界に惹かれてやはりグレーテという許婚を捨てる話であります。

ただ、「遥かな響き」がヴェネチアの売春宿のような怪しげな世界を描き、最後、作曲家は「遥かな響き」をグレーテのうちに聴きながら死んでしまうのに対して、「ゲルゲ」は極貧生活でも支えあった女性とのハッピーエンドで終わります(そして彼女のうちにゲルゲを世界に飛び出させた御伽噺の女王を見出します、やはりパクッたな)。

まあ、1906年のヴィーンの宮廷歌劇場で上演予定の作品に、貴族制度を打破せよ!とかいう「大いなる愛に満ちた太陽の下で」的なものを求めるのはそもそも無理でしょうけど(誰も求めていない)、筋は私は追いつけませんでした。なお、第2幕の最後20分程度はメルヒェン作曲家ツェムリンスキーの「クレド」でした。

曲調的には私はマーラーの「嘆きの歌」や、作曲家自身の「叙情交響曲」の世界(特に第2幕の後半部分)を思い起こしましたが、今一つ「これだ!」とというものがつかめない曲でした。情景毎に上手い音楽を書いていて、耳をそばだだたせるのですが、音楽の全体像、あるいは軸のようなものを捉えられないままに終わってしまいました(CDはアルブレヒトのものが出ているらしいのですけど、私は持っていません)。

演奏は、ゲルゲ役のピフカが代役にもかかわらず、そして調子が悪そうだったにもかかわらず、第1幕後半、第2幕前半の終わり、第2幕後半と甘く、まさに「夢見る」ような声で、半分眠っていた耳をハッと目覚めさせてくれました。ただ他の歌手はどうなんでしょうかね、そういう性格、役柄の声だったのかもしれませんけど、パッとしなかったです(メトで有名なフォークナーにしても)。


次のコンサートの予定は、22日のボーダー指揮、新日po.の「ドイツ・レクイエム」です。
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