昨日は3年ぶりに同窓会に参加。20人程度でしたが、懐かしい顔ぶれでありました。
今日も引き続き「今年の人を聞く」であります。モーツァルト以外にも探せばいっぱいいます。

・マルティノン(1910-1976) 没後30年
交響曲第4番「至高」
J.マルティノン指揮シカゴso.
BMG TWCL-2010
マルティノンというと指揮者というイメージ、ただし殆ど知らない指揮者というイメージしかありません。タイトルの「至高」はご本人が命名し、各楽章には
1楽章:星への門
2楽章:垂直の園
3楽章:神々の交差
というメシアン?と思えるような副題が添えられています。で、その副題に引っ張られたわけではないのですけど、荒っぽく、もっと保守的にしたメシアンのような作品に聞こえたのでした(珍しく2度聴きなおしたが、印象変らず)。因みにカップリングのニールセン(「不滅」)は、今年が没後75年です。

・グリエール(1875-1956) 没後50年
チェロ協奏曲 op.87(1946/47)
S. Sudzilovsky (vc)、S. Skripla指揮ロシア映画音楽交響楽団
OLYMPIA OCD592
カップリングのモソロフのチェロ協奏曲(1946)に惹かれて購入したもの。因みにモソロフの作品は、分かっていたとは言え、師匠と同じ作風であったのにはがっくりである。とはいえ、師匠ともどもロシア国民楽派というか、ラフマニノフが好きならば聴ける作風であります。師匠の第1、2楽章はメランコリックで久し振りに聞くと私にもよろしく聞こえました(毎日は聞こうとは思わないけど)。おっと、モソロフのもう一人のお師匠さんも明日に聞かねば。

・ピストン(1894-1976) 没後30年
交響曲第2番(1943)
M.T.トーマス指揮 ボストンso.
POCG-2986
今からもう15年くらい前に出たシリーズCDの中の1枚。ラッグルズの「太陽を踏む者」狙いで購入したことは言うまでもないが、ピストンの交響曲も、あらためて聴くと、正月に聴くには中々威勢の良い第3楽章をはじめとして、結構聞き入ってしまった。なぜかなと思うと、コープランドの第3番と違って、あの鼻白むようなアメリカアメリカした感じがない点であろうか。

・チェリビダッケ(1912-1996) 没後10年
秘密の小箱(Der Taschengarten<箱庭>が何故この邦題に?)
S. チェリビダッケ指揮 SWRシュトゥットガルト放送交響楽団
DG 471 612-2
録音嫌いで知られるチェリビダッケが、何故か録音した自作の小品集。際物かと思いきや、そんなことはなく、どれも愛らしく、手の込んだラヴェルを思い起こさせる作品(といっても私はラヴェルに詳しくないのだが)。ただ、オケの音が荒いのと、添えられている各曲の副題と詩が時に音楽のイメージと異なるのが難点か。

・シェルヘン(1891-1966) 没後40年
弦楽四重奏曲 op.18 (1914-5?)
バーゼル・エラート弦楽四重奏団
CR911-013
これは後年の指揮者シェルヘンを知っていたらかなり驚愕する作品。確かに表現主義的な響きもしているるが、作曲年代からすると殆ど19世紀後期ロマン派の世界に近い。第1楽章と第4楽章はシェーンベルクの「清められた夜」だし、第2楽章のスケルツォは殆どブルックナーの交響曲のそれでありました。なお、演奏はたるいので、ラサールSQあたりが仮に録音してくれていたら、もう少し印象が異なっていたかも。

・ノールヘイム(1931-) 生誕75年
ヴァイオリン協奏曲(1996)
P. Herresthal(vn)、E. Aadland指揮Stavanger so.
BIS CD-1212
うーむ、ノールヘイムは好きな作曲家で、向うに行っている間もベルリンに出ては探し求めていたのだが、この30分を要するヴァイオリン協奏曲は退屈である。ベルク風ともマーラー風ともいえるのだが、起伏がなくくどいところが多い。正直お勧めできない。

・松平頼暁(1931-) 生誕75年
Revolution-ピアノとオーケストラのための(1991)
中村和枝(pf)、大友指揮 東京交響楽団
fontecFOCD2511
この人は御託が多いのだけれど、正直面白いと思った作品が無い。このRevolutionも一体どんな音を目指したいのかさっぱり分からないし、聴いていてその音事象は退屈である。題名の背景には、ショスタコーヴィチの交響曲第5番の第1楽章の第1主題とショパンの革命のエチュードが引用されていると書かれており、途中は引用なのか単に音程関係がそうなってしまったのか分からないものの、終わりのほうで明瞭にピアノで引用されている、それがいかにも取ってつけたような意味不明な引用なのである。R.シュトラウスの「メタモルフォーゼン」やベリオの「シンフォニア」あるいはシュニトケの幾つかの作品の後に、この程度の薄っぺらな形で引用を行なうとは情けない。全く「革命」という標題から程遠い作品。

・矢代(1929-1976) 没後30年
ピアノ協奏曲
岡田博美(pf)、湯浅指揮 アルスターo.
NAXOS 8.55535J
日本では「名曲」と言われている。主題の把握を初めとして聴いて分かり易いし、良く書けているし、聴き応えもある曲である。しかし、何回聴いてもまあそれ以上に私には引っかかって来ないし、それだったらラヴェルやバルトーク、あるいはプロコフィエフでも聞けばいいじゃん、と私は考えてしまう。凄みが感じられないんだよなあ。

・ライマン(1936-) 生誕70年
Nightpiece ソプラノとピアノのための(1992)
C.シェーファー(s)、A.Bauni(pf)
ORFEO C 412 961 A
シェーファーとBauniに捧げられた作品。彼女の声の自在さを聴く分にはいいのだが、作品として面白いですかと聞かれると、うーむ詩(ジョイス、歌唱は英語)と声の扱いが同絡んでいるのか今ひとつ分かりません。ピアノ伴奏は、特に左手というか低音部の動きが、詩の内容をなぞっているようにも私は感じるのだけれど。ライマンならばオペラ「リア王」が段違いに面白いです(デッカーの演出を思い浮かべながら聴くとなお良し)。

・ブレヒト/ヴァイル ブレヒト没後50年
歌劇「マハゴニー市の興亡」
ロッテ・レーニャ(ジェニー)他
CBS M2K 77341(MONO)
ショットより出ているヴォーカル・スコアと結構違っている、というかレーニャも他の歌手も、作曲家・作詞家直伝とばかりに自由自在に歌っています(そもそもレーニャの発声は、オペラ歌手のそれと違う気がする)。そしてこのチープで猥雑で軽い音作りがこの曲に非常にあっていて素晴らしい。例えば、ヤンソンス指揮BPOの「マハゴニー市の興亡」管弦楽曲<EMI>を聴いた時は、重ったるいのでぎょっとしましたし、ニュルンベルクとドレスデンでのプロダクションも軽妙さが欠けていた。
この二人は切り離せないので、ブレヒト没後50年ということで聞いてみました。

・バーバー(1910-1981) 没後25年
ピアノ・ソナタ op.26
M.A.アムラン(pf)
hyperion CDA67469
正月早々に「あれ」はないだろうと思ってこちらに。保守的作曲家と言われていますけど、ゴツゴツとした感触の作品です。ホロヴィッツとどっちが良い演奏ですかと問われると、ホロヴィッツの演奏をもう何年も聴いていないので分かりません(編曲しているのかなあ?)。
さらに明日以降も続く