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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2006.02.11 Sat » 暫定1位

2月11日(土)すみだトリフォニー

アルミンク指揮、新日po. 

オネゲル 劇的オラトリオ「ジャンヌ・ダルク」


非常に満足したコンサートでした。

ドミニク役は素晴らしいの一言であります。一方ジャンヌ役も、当初は強気一辺倒な感じでちと一本調子だなあと思って聞いておりましたが、火刑台のシーンの直前でそれが初めて崩れて、計算だったのかと納得(リュック・ベッソン監督の「ジャンヌ」のような感じかな)。女声歌手陣もオケを突き抜けて美しく歌い、フランス語の発音は良く分からないが迫力ある合唱、そして特に重要なフルート、そして存在感たっぷりのオンド・マルトノをはじめとして過不足ないオケと共に素晴らしい出来でした。そして指揮者アルミンクのこの曲の音楽作りについて、私は全く文句がありません。05~06シーズンのコンサート、リサイタル、オペラでは、先日聞いたブロムシュテット指揮N響を抜いて暫定1位の出来であります。


これならば16日のハンス・ロットの交響曲も大期待で聴きにいけます。


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comments
2日目の方はトランプゲームのあたりの木管はしっかり吹けてましたか?(初日はテンポにまったく乗れていなくてグチャグチャになっていたのです。)
アルミンクは今回初めて聴いたのですが、デフォルメを避けてバランス良く響かせる人のようなので、いろいろなアイデアが未整理のままになっているような感じのロットの作品でより興味深い演奏を聞かせてくれそうな気がします。当日はちょっと行けるかどうかわからないのですが。
トランペットがどこまでがんばれるかも聞きものですね。
ジャンヌ
どうも。正直、あまり木管は気にならず、小澤同様にかなりテンポは速めに設定していたけど、ヘンデルのオペラで聴くバロック・ダンスのテンポってあんなものだよなあとか思いつつ、このシーンは百年戦争の話にある程度詳しくないと(少なくともシェークスピアの歴史劇の背景程度の知識がないと)意味不明だよなあとか思って聞いていたのでした。というのも、隣席の若い女性二人組みが、「ジャンヌって何処の人?何語で歌うの?」とか開演前に会話していて、えー!とか思ったからでした。開演時間ギリギリに来て、解説読む暇が無かったようですけど、ジャンヌ・ダルクの話はそれほど知られていないか?安彦良和の「ジャンヌ」(NHK出版)は読んでいないだろうけど(私は結構好きです)、リュック・ベッソン監督の映画「ジャンヌ・ダルク」を見なかったのかなあとか、思ってしまったからでした。

因みに、山尾さんのブログでの問いですが(あれ以上よそ様で続けるのも気が引けてしまうので、こちらで引き取りますけど)、「救済が一切無い」と思っているわけではありません。ただ、(キリスト教的な)救済をされるところに感動の源泉(あるいは聴いている人自身が救いを見出す感情の源泉)がある物語だけではなく、他の方が行き過ぎるとイスラム原理主義的なものになりうると警告していましたが、志、真実の追究、誰にも犯されない精神の自由、それに向けての自己犠牲を示したのではないかと思ったのです。

また、キリスト教との関係では、私は大昔に処刑裁判記録の翻訳を読んだ程度で、それすら良く理解出来ないので、解説書の類(最近出た物としては裁判記録を翻訳した高山氏のものがあります<岩波新書>)を読み歩くしかないのですが、当時の教会(カソリック)にとっては、神との直接対話を行なっているような彼女の存在は相当目障りであったのではないか、だから英軍の掌中にあるとはいえ、異端・魔女の烙印を押すことにソルボンヌの教授たちは躍起になったのではないかと思う時があります(「大審問官」のようですけどね)。

そう考えると、台本を書いたカソリック作家として知られるクローデルが、そうしたジャンヌの存在を異端と法に基づいて断じながら(英軍を倒さなくとも、当時は女性が男性の服を着ること自体が罪に問われる)、コンスタンチノープル陥落後の1456年に彼女を復権させ(英国ではバラ戦争)、1920年には列聖したローマ教会とそれにいよって提示されるキリスト教に対してどのような考え・感情をもって書いたのだろうか?お約束としての救済だろうか?という疑問を持ちます。

「白バラ」の話を出したのは、多分同じメッセージが十分に解釈されうるのではないかと思ったからです。

なお、これは私の解釈であり、それこそ数多くの人がそれぞれの解釈に基づく(若干史実とかけ離れているものもありますが)ジャンヌについての物語を書いています、(とんでも系だけど)シラー、M.トエイン、アヌイ、(伝記だけど)アナトール・フランス、(ちと退屈だけど)J.B.ショー、(若干触れているだけだけど)武田泰淳、(未読)藤本めぐみ、(うーむ、内容薄いぞ)佐藤賢一etc.それぞれの解釈がありうる訳で、あらためて述べますが救済を一切否定するわけではありません。何かのよすが無しに何事かの決断やその成就は困難だと私も思います。そのよすがが救済であるとおっしゃっても、それに異論はありません。
非常に見やすくなりました。
でもワタクシは赤緑色弱なんであります。そういう検査の年代。

いづみこのピアピア読みました。
ミケとアルゲリッチ以外はよう知らんのであった。

そんでは、また。



確かに
山尾さんのBlogでは「なんで救済されるの?」という言葉に驚いて「お約束の救済」と書いてしまったのですが、やはりそれだけというのは短絡的すぎるかもしれませんね。クローデルやオネゲルの宗教観やジャンヌの異端裁判とその後の歴史だけでなく、2度の世界大戦の影というものも考えなければならないかもしれません。
あちらでは敢えて反論はしませんでしたが、「信じることに命を捧げることで得られる恍惚」というのはいくらなんでも、と思います。クローデルやオネゲルが批判したかったのはジャンヌではなく、ジャンヌを利用した政治家、聖職者、そして彼らに簡単に踊らされた大衆であって、ジャンヌに対してではないのは台本や音楽を聴けば明らかだと思うのですが。
「ジャンヌは昇天を自己の救済と考えていたんだろうか?」という意見についても、私は「ジャンヌは救済された」と思っているだけで、ジャンヌ自身が救済されたと考えたかということにはあまり意味がないように感じています。
正直なところ、自分の意見自体きちんと整理仕切れていませんし、なによりあれこれ語るにはあまりに勉強不足なのですが…

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