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近現代クラシック音楽愛好家の徒然草。

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2006.03.23 Thu » ○年目の真実

「そう言えば、ブラームスの室内楽のCDは何を持っていたかなあ、そうだ全てiTunesに格納しよう」と、まずはラサールSQによる弦楽四重奏曲のCDから開始。

当時としては廉価盤(2200円)で出た国内盤をパソコンに入れた際に、解説書がばらけて、「ふーん1番てそういう曲だったのか、あれ?これ3番のCDの解説書のはずなのに」。解説書を取り間違えたかと思いきや、表にはばっちりと3番(+ヴォルフの作品)の表記。1番、2番の解説をひらくと、そこには3番とヴォルフの解説が!再び3番のCDの解説をよく読むと、第2番のフィナーレの解説が、ページをまたいだ瞬間に、大きく変っていた。こんな感じ。



フィナーレのアレグロ・ノン・アッサイはハンガリー民謡を思わせる陽気なシンコペーション(中略)再現部のあとのエピローグでは主要主題もわずかに回想されるが、生気に富んだ終結のストレッタが

(ここでページが変る)

のヴァーグナー的象徴--贖罪と救済--が、最後の回復をもたらした、と考えるならば、この終楽章は明るく、確信に溢れたもので良いはずだ。



おいおい、という感じ。この後で、ヴォルフの名前が出てくるので、例え初心者でもおかしいと思うだろうけど、そうでもなかったならば、「そうかブラームスはヴァーグナーの影響を受けたのか、しかしこの楽章のどこに贖罪と救済があるのだろうか、ハンガリー民謡ってそうなのかなあ?」ということになったかも。


因みに、ヴォルフの解説はこうなっておりました。

終曲ゼーア・レープハフト(ひじょうに生き生きと)は、先行楽章での心理的深さや表現的豊富さから後退しているかのように思われる。反面、音楽は親密な情感にあふれ、4つの声部も均質に融和している。第3楽章で

(ここでページが変る)

全曲を一気呵成にしめくくる。




すいません、第4楽章の話をしているのに第3楽章で一気呵成に終わるってどいうこと?ともかく、購入して少なくとも5年以上経ってようやく気が付いたのでした、なんせ泰西名曲のCDの解説なんぞ読まないのでねえ。





先月号のBBCマガジンの付録のアイスラーの小交響曲(イラン・ヴォルコフ指揮BBCスコティッシュ響)を聴きながらのSt.Ivesでした。

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