どうも、東京はクアラルンプールより暑いなあと感じているSt.Ivesです。
最近流行っているので、私も昨日してみました、ブログ通信簿。

年齢があまりに実年齢より上過ぎて「憮然」としました。ところで、「気楽度」はなにを反映しているのでしょうかね?
疲れて何もする気が起きないSt.Ivesでした。夏バテだな。
どうも、エアコンかけまくりのSt.Ivesです。
昼過ぎから本を借りに自転車で炎天下を荻窪にある杉並区立中央図書館まで出かけました。出発前は多少無謀かなと思いましたけど、今は、多少どころではなく非常に無謀であったと反省しています。練馬の我が家から環八沿いに50分ほどをヒイヒイ言いながら、したたり落ちる汗を拭いながらようやくたどり着きまして、本を返す際には、電車かバスを利用しようと思ったのでした。
そういえば、杉並区立図書館の人々はみなスタッフ用の服を着ていたのと、若い人ばかりだったのは何か理由があるのでしょうかねえ?練馬区立図書館では見かけない風景だったので不思議でありました。
昨日は、渋谷の東急文化村まで、「青春のロシアアヴァンギャルド展」を見に行ったSt.Ivesでした。展示品はよく考えられて並べられており、中でも会場の最後の3枚の絵には万感迫る物がありました。それと、池内紀氏の「モーツァルトの息子」を読み終えたばかりの所だったので、思いもかけずニコの絵が多く展示されていて、実物を確認できたのは収穫でした。
どうも、昨日の分をアップし忘れていたSt.Ivesでした。
森美術館で7月13日まで開催中の「ターナー賞の歩み」展に行ってきました。向うにいる間、それこそタブロイド紙から高級紙まで取り上げる一大イベントなんだと初めて知りましたが、過去は殆ど省みられなかったり、中止に追い込まれたりしていたとは知りませんでした。日本で言えばこれだけ取り上げられる文化的・芸術的な賞と言えば「芥川賞」と「直木賞」程度なので、プレゼンと話題づくりの勝利でしょう。
たまたま、近くで学芸員による案内があり、何でも過去3回程、英国全体で物議をかもした作品があったそうです。
一つは悪趣味と批判され、動物愛護団体も抗議し、入場者がいつもの2倍に達したと言うデミアン・ハーストの「母と子、分断」。まあそうでしょうなあ。あらためて実物を見ると、かつて生命であったものをこういう形で展示するおぞましさと、ほぼ毎日食べていて、そのためになされている行為と同じであるという事実とどうにも折り合いがつかないという心地の悪さ、そして無機質で不気味さを感じさせる作品であります。
二つ目は、ホワイトリードの作品「ハウス」。これが何故?と私には思われるほどに当時は物議と非難・批判を浴びた作品。すでに現物はきれいさっぱり地元公共団体によって撤去されており、今では写真のみでしか見れないのですが、そのこと自体が作品の一部であるとも思わせてしまう作品。
そして三つ目がマドンナなプレゼンターを務めた2001年受賞作 クリードの「ライトが点いたり、消えたり」。デュシャンの「泉」かケージの「4分33秒」の衝撃を今一度という感じでしょうか。アイデア一発勝負!でもその勇気が大方の人には無いのですよ。文句言うならやってみろ、と。
個人的には1997年受賞のジリアン・ウェアリングの作品が好きです。1時間がんばって見たあとのラスト・シーンの素晴らしさは、どうにも退屈で致し方ない駄作・駄演のコンサートに付き合わされてしまった後の開放感に通ずるものがあります。因みに、昨日の午後はそのラストシーンが午後1時45分、2時45分頃に来ました。えっ2回もぼ〜っと見ていたのかって?さあ、どうでしょう。
ともかく面白いと思うか、悪趣味だとかこれは芸術ではないと思うかはあなた次第の興味深い展覧会なのでお薦めです。秋に開催予定の横浜ビエンナーレがターナー賞級の注目度を日本で浴びる日はいつのことやら。
来週は、文化村まで愛するロシア・アヴァンギャルドの作品展を見に行く予定のSt.Ivesでした。タトリンの「第3インターナショナル記念塔」の実物が来ているらしいですよ(ウソです)。
どうも、練馬と渋谷が直通になる日が来て感慨深いSt.Ivesです。大学生の頃にあれば楽できたのになあ。
本日は学習院大学に用事があったので平和台から各駅停車渋谷行きに乗り、ゴースト駅だった新線の要町、千川と過ぎてかつての新線池袋に到着。以前はまるでデ・キリコの絵のように人がいなかったのに混雑しており、一瞬降りそうになってしまってから、そういえば雑司が谷駅から大学に行けることに気づきまして、そのまま乗り続け到着。雑司ヶ谷駅は、白くてきれいにもかかわらず、その作りがふと東欧圏の深いところにある駅を思い出させるものでした。
学習院大学での用事が終了し、御茶ノ水から神保町に(ほぼ毎週のこのパターン)。新宿線で新宿三丁目に出て高島屋の方に向かう地下通路に出ると、そこは名古屋人もびっくりの人だかりでありました。雑司ヶ谷駅でも見かけたような、どうみても「テツ」じゃない人々が一生懸命記念撮影をあちこちでし、記念品を探し回っていまして、もしかして日本全体で「テツ」化が進行したのか?と思ったのでした。
帰りは、副都心線の新宿三丁目駅から飯能行きの急行に乗ったら、早いこと早いこと。わずか10分程度で小竹向原駅につきました。いあや、便利であります。
ブルターニュの蕎麦クレープの店で夕食をとっていたら、隣の日本人女とフランス人男の日仏英語のトリリンガルでのいちゃつく会話が煩くて落ち着かなかったSt.Ivesでした。一瞬、某漫画のフランス人指揮者とその日本人彼女を思わせる感じでありました(で、私は誰?と自問してがっくりきましたけど)。
どうも、ここんところ調べ物で忙しいSt.Ivesです。
そんな中、9日で終わってしまうというので六本木の国立新美術館までモディリアーニ展を見に行きました。モディリアーニの全体像がようやくつかめたのと、どうしてああいう絵になったのか、そして同じように見えて、実は全然違う、無個性の中の個性の表出と言いましょうか、そういったことも分かりました。それにしても実質活動期間は10年程度、画風を確立してからは5年程度でしょうか、あまりに短い人生であります。
出品作には、有名な作品のほかに、カタログ上のみで存在が確認され、60年近く行方不明であった作品も公開されています。
というわけで、あと2日しかありませんが、まだご覧になってい方にはお薦めです。
これからジャン・ジュネ原作のミカエル・レヴィナスのオペラ"Les Nègres"を聴こうかと思うSt.Ivesでした。